バターご飯の憂鬱〜むかし男ありけり

柚木麻子さんの「BUTTER」。読みました?週刊誌の女性編集者が、結婚サギの末、3人の男性を殺害したとされる容疑者を取材するうちに、欲望に忠実なその言動に振り回されていく小説です。濃い話。460ページも分量があるのに、本自体は薄く出来ています。紙が薄いように感じます。僕の指にとっては、とても捲りにくくて、イライラしながら、堪能しました。登場人物の行動が多少、奇矯かなと思うところがありますが、面白い小説です。実際にこのような事件がありましたよね。その犯人とされて収監されている方が、自分とはなんの関係もないと発表して、さらに注目されている本です。

BUTTER

BUTTER

 

 

この「BUTTER」の中で、重要なきっかけとして登場するバターご飯。食べたことありますか?暖かいご飯とバターと醤油だけのシンプルな食べ物。味の素をちょっと振って、なんて書くとさらに懐かしい。バターはエシレとかカルビスではなく、雪印の普通のバターでいいんです。無塩はだめよ。子どもの頃、大好きでした。バターご飯ばっかり食べて亡くなった人がいると脅かされたくらい好きでした。バターって美味しいんですよ。大人になってもバター大好き。

フランス料理界の皇帝こと、ジョエル・ロブションとバターの関係も驚くべきものです。彼の自伝を読むと、青年期の驚愕の習慣にぶち当たります。1日にバターを1ポンド食べていたとは!

ロブション自伝 (中公文庫BIBLIO)

ロブション自伝 (中公文庫BIBLIO)

 

 

濃〜い、美味しいバターって、口の中での溶け具合に、仔牛の胸腺と共通するものがありませんか。生命を食べてるという感じ。ヨーロッパを旅している時、朝食のテーブルに美味しいバターが登場していたら、それをスクランブルエッグに混ぜて食べます。背徳感溢れる喜びを感じます。

子どもの頃の思い出の料理なのですが、北海道札幌市の割烹で食べた馬鈴薯(ジャガイモと書くより雰囲気が出ます。今、思うとメークインだったような。。。)のバター煮。その店の名物でした。大量のバターを溶かしこんだ出汁で馬鈴薯を煮る料理。砂糖(甘さは砂糖だったと思うけど)も入っていたので、グラッセの和食版ですね。そのお店の他の料理は一切、覚えていません。

このバターご飯の関する記述を読んだことがきっかけで、マドレーヌを紅茶に浸した瞬間に人生を思い出すほどではありませんが、子どもの頃の食の思い出が一挙に蘇りました。

子どものころから食べることが大好きでした。裕福な家ではありませんでしたので、小さい喜びが感じられる美味しいものを求めていました。おつかいで猪の肉を買い行った時、子どもながらサシの多いところを選んで買ってきて褒めれられたみたいな、魯山人の幼少期のエピソードのように。そうそう、クジラベーコン、昔のほうが美味しかったと思うのです。

「昔、男ありけり」で始まる平安時代初期に成立したと言われる歌物語『伊勢物語』。古典で習いましたよね。作者なのか、はっきりしないようですが、書中に登場する色男、在原業平(ありわらのなりひら)を「ざいわらぎょうへい」と読んだのもご愛嬌。昭和40年代、50年代、食べ物随筆というか、今なら一種のライフハック?かとも言えるエッセーが、いくつか登場しています。その中で、僕の記憶に残る、そして影響を受けた2冊があります。どちらも著者が男性でしたので、昔、男ありけり、と書き進めたいと思います。

映画評論家の荻昌弘さんが書いた「男のだいどこ」。
荻さんは、映画評論、料理評論、オーディオ評論で知られていました。洋画を放送する番組がテレビにあり、その一つで毎週、解説を担当されていました。この本、今読むと、流石に全体的に古さを感じます(これもKindleで読めるのです。驚き)。でも男のおばさん感が満載で、いいのです。ラーメンのスープやチャーシュー、それからコンビーフ。自家製できることを知りました。

男のだいどこ (文春文庫 172-1)

男のだいどこ (文春文庫 172-1)

 

 

また荻さんは、日本全国のグルメ紹介本の走りとも言うべき本も書いていらっしゃいました。今、手元に本がないので、はっきりしたことは言えないのですが、確か、その本に登場していた神戸の「青辰」さん。穴子寿司の専門店です。美味しかったなぁ。そう、今はありません。阪神大震災の後、店を閉められたようです。父が出張で阪神地域に行くと、買ってきてくれました。この穴子寿司、予約しないと買えないのですが、その予約方法というか、予約を取るために連絡する時間が面白かったことを覚えています。なんでも、朝2時からお仕事をしていらっしゃるので、早朝4時頃から予約の電話受け付けていたのです。いわゆる営業時間である9時以降に電話しても売り切れ。
荻さんの本に、コンビーフの作り方もあったのですが、ついに今に至るまで、試したことがありません。ハムやソーセージなどが大好きな僕にとって、神戸のトアロードにあるデリカテッセンというデリカテッセンで買う(?)、瓶のサンドイッチスプレッドとコールドタンが、子ども時代の最高の土産でした。サンドイッチスプレッドはご飯に乗せて食べてもいいくらい、好きでした。コールドタンなんて、天上の美味。毎度、ほんのちょっぴりだけだったの、いつか好きなだけ食べてやるぞ!と、子ども心に誓ったものです。

毎度、話が逸れますが、あの「美味しんぼ」が始まったのが1983年。僕的には、結果としてトンデモ漫画の範疇に入れてしまって、読むのも止めましたが、当時は若気の至りで山岡士郎に憧れてました。ああ、恥ずかしい。就職試験で、家庭部か文化部の記者になりたいと言って臨んだ新聞社の入社試験。役員面接で「新聞を作っているのは政治部や社会部だ。だいたい君が配属を志望している家庭部や文化部の部長は、この面接にはいない。何を考えているんだ」と叱られた(!)のを思い出します。でも本当に感じていたのです。朧げながら、道があることを。

そんな僕の基礎を“作った”のが、伊丹十三さんの「ヨーロッパ退屈日記」 (1965年)と「女たちよ!」(1968年)です。その頃、僕にとっての世界とは、兼高かおるさんが紹介する旅番組の中にあるものでした。だいたい飛行機に乗ることなんて夢の夢。父が香港に出張するので、羽田空港(当然ですが、今の国際線ターミナルではありませんよ)まで見送りに行ったことを覚えています。それも1970年あたり。当時の羽田空港は今のローカル空港みたいな佇まいでしたよ。浜松町からのモノレールの終点、高架の駅から階段を降りて歩くちょっと寂しいアプローチ。後年、クレージーキャッツの映画「クレージーの怪盗ジバコ」(1967年)を見たとき、あっ、懐かしいと思いました。そんな時代に、ヨーロッパ滞在時の逸話、それもハイライフとも言うべき生活をテーマにしたエッセイが出版されていました。 

ヨーロッパ退屈日記 (新潮文庫)

ヨーロッパ退屈日記 (新潮文庫)

 

 


「ヨーロッパ退屈日記」は伊丹さんのデビュー作。跋文に山口瞳さんが「私は、この本が中学生・高校生に読まれることを希望する。汚れてしまった大人たちではもう遅いのである」と書きました。初版だけは、まだ俳優デビューの際の名前「伊丹一三」名義でした。文筆家松浦弥太郎さんは、伊丹一三名義の初版を持っていると書いていらっしゃいました。いいなぁ。でも中学生のときに読みましたからね。
ミモザ(オレンジジュースとシャンパンのカクテル。今では誰でも知っているカクテルです)、アーティショー(アーティチョークですね。僕が初めて食べたのは1990年代でした)、ジャギャア(イギリスの自動車メーカーJAGUARのことです。ジャガーという発音ではないと書いていらっしゃいました)、正装の意味、ペタンクなどなど。見たこともないもの、聞いたことのないことが洒脱な文章で綴られていました。

先日、愛媛県松山市伊丹十三記念館を訪ねました。雨の伊丹十三記念館は思ったより小ぶりな建物でした。まず、駐車場に屋根付きのガレージがあり、晩年お乗りになっていたベントレーが置いてあります。そして、そこに「ヨーロッパ退屈日記」の中にある「ロータス・エランのために」という一文が飾られています。正月を迎えるために、ずっと掃除していないエランの、埃のうっすらと積もったボンネットに注連縄の絵を描こうとしたが、、、というお話。僕も早く「旅馴れてニタリと笑うドン・ジョバンニ」という域に達したいものです。記念館ならではのお土産コーナーで、伊丹さんが書いた挿絵を元にしたバッジなどをしこたま買い込みました。

女たちよ! (新潮文庫)

女たちよ! (新潮文庫)

 

 

ちなみに毎度余計な話ですが、「むかし男ありけり」(1984年)というタイトルのドキュメンタリーがありました。高倉健さんが作家、檀一雄の生涯、火宅の人としての生涯を追った番組です。その檀さんが書いた「檀流クッキング」(1970年)は、ちょっと言い過ぎかもしれませんが、無頼の人が書いた、無頼の人ならでは料理本。
男の料理なんて言葉もありました。最近では、男性が好き放題、素材や道具におカネをかけて行う道楽のような響きがありますが、昭和40年代は少し違いました。敢えて言うなら、男だけど、好き嫌いをはっきり言うよ、という意思表明が初めて為された時代だったのではないでしょうか。
伊丹さんの「ヨーロッパ退屈日記」は、料理やファッションなどに関して「徹底した好き嫌いが貫通されていた(松岡正剛:千夜千冊0682夜)」本でした。最近読んだブログ記事に、成功するブログは好き嫌いをはっきり書いてあるとありました。僕もひとつ、希望を述べさせていただきます。バターご飯、最高です。食べた後の健康データを考えると憂鬱になりますが、また流行ってもらいたいものです。