茶碗の中に何がある~茶の湯と日本の人事評価

先日、上野の東京国立博物館に特別展「茶の湯」、観に行ってきました。いわゆる名物揃いの展覧会です。平日でしたの、それほど混んでおりませんでした。でも、最近話題の国宝の茶碗「油滴天目」には人集りが出来ていました。

4月11日に始まったばかりですが、23日までしか展示されていない「初花(はつはな)」を見るのが最大の目的で訪れました。ご存じの方も多いと思いますが、「初花」は“肩衝(かたつき)”と呼ばれる、茶入れの小さい壺です。『重要文化財 唐物肩衝茶入 銘 初花』。肩の部分が水平に張っている様を“肩衝”と言うそうです。「初花」は、織田信長豊臣秀吉、そして徳川家康の手を経た名物、彼らがその手で触れ、愛でたものです。日本史の中でも、特筆すべき有名人の3人に仕え、茶の湯の歴史に名前を遺す大名・茶人、古田織部(ふるたーおりべ)を主人公にした漫画「へうげもの」の愛読者で、この肩衝の来歴を知っているものですから。“楢柴(ならしば)”、“新田(にった)”と並んで天下三肩衝の一つと思うと結構、感激しました。オカルティックな意味ではなく、彼らがこれを包む手が見えたような気がしました。そして、無機物である陶器にもし、目鼻などの感覚器があり、記憶があるとすれば、「初花」は信長、秀吉、家康の顔を間近に見たはずだと感じました。

chanoyu2017.jp

さて、その感動の後にふと考えたことがあります。耐震ケースに入って、スポットの当たっている「初花」を見て、「素敵ねぇ」とか「綺麗ねぇ!」と嘆息を漏らしている方々が結構いたのです。どういう意味なんでしょうか。

この「初花」の価値は、どこにあるのか。先ほど申し上げたように、信長、秀吉、家康の手を経たことが一番の価値だと思います。もちろん技巧的な意味で全く「素晴らしくない」というほど、野暮ではありません。でも高度な技術で作られたとか、なんだかわからないけど芸術性が高いという品ではないですよね。カタログにも「中国南方で作られた日用品の褐釉小壺が日本で唐物茶入れとして珍重されました。(中略)命銘は足利義政と伝わります」とあります。そのもの自体の価値ではなく、歴史を経たという価値を纏っていることが大事なはずです。(それにそもそも、信長や秀吉が持っていたものと同じか=本物か、はわからないという意見もあるようです。)

骨董には、これは誰々が持っていたかなどを箱に記する習慣があります。箱書きですね。由緒を証明するものです。辞書にも「書物・器物などを入れた箱に題名・作者などを記して、その中身を示すこと。また、その文字。」とあります。お見合いの釣書、履歴書の添え状、ですね。それによって、そのモノの真贋を証明し、価値を説明しています。
中国では日本のような箱書きは生まれなかったようです。ただ、書画に直接書き込む「讃」や「題跋」が真偽鑑定に重要な役割を果たします。

 

世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情―真贋をめぐる大騒動

世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情―真贋をめぐる大騒動

 

ヨーロッパ圏やアメリカではどうなんでしょうか。ロンドンでワインのオークションに参加した時、たしかロシア皇帝のワイン倉で保存されていたシャンパンだか、シャトーディケムだかが出品されていました。すごい値段で取引されたのを、眼前で見ました。また、有名な事件として、「ジェファーソンのワイン」という詐欺事件がありますね。アメリカ建国の父の1人、政治家・博物学者のトマス・ジェファーソンはワイン愛好家として知られ、そのコレクションはなかなかのものだったそうです。そのジェファーソンが所有していたとされる赤ワインが発見され、これまたオークションでスゴい値段がついたのですが、実は偽物だったという事件です。そのものの価値ではなく、そのものが持つオーラのようなモノに価値があるという例の一つです。

 

 そう、千利休という人は価値を作った人です。古田織部もそうですよね。茶の湯のシステムを構築した人たちは、スゴいものだというオーラを纏わせることで、価値が出来ることに気づいた。そろそろラストスパート感のある漫画「へうげもの」を読むと、『凄い人が、これは凄いと言ったので、これは凄いものだ、という褒めの連鎖』が、伝統と価値を作っていく課程が、わかりやすく理解できます。利休には、秀吉の茶頭であるという自分の評価を商売に利用したという悪口もあります。それに、フィリピンの日用品でどこにでもあった壺を、船で堺の港に運んで、高い値段をつけて大名に売ったとも言われています。これは呂宋の壺という例えで呼ばれて、堺(大阪)商人の逞しさの象徴として、今日でも語り継がれています。

これって、日本の会社の中の、誰誰さんの派閥、後輩として知っている、みたいなことと似てません?日本の人事評価システムも推薦人が結構大事だっていうこと。誰が“後見人”なのかとか、“本籍地(=最初に配属された部署)はどこなのか”なんてことをずっと言い続ける会社もありますね。会社の中でエラくなった人の奨める人は、優秀な人材だとされる。
でも、推薦って難しいですよね。超卑近な例では、男子が「あいつはスゴくいいヤツ」と言う男子、女子が「とってもいい子」と呼ぶ女子は、それぞれ異性から全く評価されない(=評価が低い)というケースを思い出します。(ちょっと違うか!)
一方で、社内や国内のグループで評価されていなかった人が、外国で評価され日本に戻ってくると、突然、日本でも評価されるケースが発生します。別の箱書きをもらった人ですね。一時は、MBAなんて箱書きが流行ました。

横尾 いちいち担保を取っていたんですか?

國重 取らないことも多かったです。企業に融資する場合は、プロジェクトの中身もろくに調べずに貸していました。私が役員になって支店長をしていた時代、ある会社に「裸」で4億ほど貸したことがあります。「裸」というのは無担保、無保証のことで、「何かあったら俺が責任を持つ」と言って貸した。ところがその会社は潰れてしまって、結局カネは返ってこなかった。

横尾 責任は取らされたのですか。

國重 副支店長以下、部下は減給とか戒告処分を受けました。ところが私には何の処分もなかったんです。なぜなのか人事部に聞いてみると、役員は処分しないんだ、と。「役員を処分すると、その人を役員に引き上げた経営会議のメンバーの能力が問われてしまうから」とのことでした。

引用元記事:                          野村證券×住友銀行 今だから話せるバブルの「武勇伝」と「教訓」 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51479 #現代ビジネス

バブル期の金融機関の内実を当事者が実名で綴った話題作「野村證券第2事業法人部」と「住友銀行秘史」。それぞれの著者、元野村證券の横尾宣政さんと元住友銀行の國重惇史さんの対談が講談社のサイト、現代ビジネスに掲載されていました。

gendai.ismedia.jp

國重さんが役員で支店長だった時に、自分の支店で億単位の焦げ付きを出した時のことだそうです。「役員を処分すると、その人を役員に引き上げた経営会議のメンバーの能力を問われてしまうから」、役員は処分しないって、つまり誰かさんが選んだ(=という箱書きがある)人を処分すると、その誰かさんの能力が問われるから、ってことですよね。能力を問えばいいじゃん。能力を問うて、責任を取らせないから、ダメなんじゃないですか。

  

茶碗の中に宇宙がある、とは誰が言った言葉でしょうか。茶碗の中には、オーラが満たされているのですね。歴史の澱。箱の中にも澱が溜まっているのでしょう。

そうそう、箱書きだけの展覧会なんてどうでしょう。名品の箱書きだけを見るなんて、ちょっと面白い。日本社会で次に流行る箱書きはなんでしょう。