スマートなスポーツ観戦はスマートなアプリから

子どもの頃、ヤクルトファンでした。よく神宮球場へ行ったものです。弱いチームだった頃でしたので、球場は空いてました。ある時のことです。対戦相手は忘れましたが、何故かその試合はラジオ中継が行われていたのです。ふとラジオのスイッチを入れ、実況中継を聴きながら試合を見ると、とてもよくわかることに気付きました。そう、野球を野球場で見ながら、ラジオの実況放送を聴くことがこんなに素晴らしいなんて!きっと僕しか気づいていない、大発見だと思いました。しかし、家に戻って、父に勇んで話したらところ、一言で否定されました。無駄だと。ラジオの電池の無駄と。

最近のIT業界のトレンドのキーワードの一つに「スマートスタジアム」があります。インターネット環境を整備し、観客が発信しやすくしたり、スタジアム内向けのコンテンツ配信を行って観戦の際の満足度を高めることが出来るようスタジアムにすることです。Jリーグも例のDAZNのお金があるので、スマートスタジアム化が急務だとして、取り組んでいるようです。でも、生で見る以上の価値を見いだせないと、僕の父の一言、「無駄」で終わってしまいます。

ほとんどテレビで見る程度にしか、縁の無かったスポーツでしたが、ここのところ、仕事柄ではないのですが、スポーツ観戦の機会が結構増えました。昨年10月にイギリス・ロンドンのエミレーツ(Emirates)スタジアムで、プレミアリーグサッカーのアーセナル(Arsenal FC)対サウザンプトン(Southampton FC)の試合、12月にはアメリカ・サンタクララのリーバイス・スタジアムでアメリカンフットボールNFL(National Football League)のサンフランシスコ・フォーティーナイナーズ(SAN FRANCISCO 49ERS)とニューヨーク・ジェッツ(New York Jets)の試合。人生で初めてのアメフト、それも生の試合でした。そして日本でも、横浜でクラブワールドカップ2016の決勝戦鹿島アントラーズレアル・マドリード(Real Madrid Club de Futbol)を見る幸運に恵まれました。つい最近も、仙台でJリーグベガルタ仙台ヴィッセル神戸の試合を見て来ました。

NFLは、このスマートスタジアム化に熱心で先進的です。カルフォル二ア州サンタクララのリーバイス・スタジアムで、「スマート・スタジアム」を体験してきました。シリコンバレーのお膝元として、2014年に改装された際に最新のスマート技術が導入され、昨年の第50回スーパーボール(Super Bowl)の会場となったスタジアムです。

その目もくらむような高さの3階席で試合を見ました。場外のデジタルサイネージで、インテルが360度映像のデモを流していたりして、本番での映像を期待しましたが、実際はハーフタイムに犬がフリスビーを空中で咥えるショーだけに対応していました。犬の妙技、360度映像で見ると、結構、面白い。

観戦には、このスタジアム用のアプリを事前にダウンロードすることがマストです。スタジアム内のWi-Fiに接続します。超高速感。アプリから食べ物が注文でき、届けてもらうことも出来、さらにその待ち時間が表示されたり、はたまた直接買いに来た方が早いと表示されたり、さらに会場の大スクリーンにも投映されているプレイバック等がアングルを選んで見ることが出来たり、アプリが大活躍します。映像は観客が少なかったせいかはわかりませんが、表示もサクサクでした。今年の第51回が行われたテキサス州ヒューストンのNGRスタジアムも、来年第52回が行われる予定のミネソタ州ミネアポリスのU.S.バンク・スタジアムもスマートスタジアム化されており、それぞれのスペックを見ると、このリーバイス・スタジアムを標準としている感があります。(ちょっと面白いデータがあります。第50回、51回ともほぼ同じなのですが、WiFiの同時接続ユーザー数が全観客のおよそ50パーセントなのです。これは接続上限の設定に参考となる数字ですね。)

リーバイス・スタジアムのアプリは、Venue Nextというベンチャー企業が手がけています。NFLダラス・カウボーイズの本拠地AT&TスタジアムやMLBのニューヨーク・ヤンキースヤンキーススタジアムなどとも契約して事業拡大しているようです。確かにアメリカでは、エンターテインメント施設やイベントでのアプリ導入はトレンドになっています。ご存じの通り、ラスベガスで行われるCESやNABと言った巨大展示会では必ず専用アプリが公開されています。
何かを見ながらのアプリと言えば、放送が見ながら使うアプリ、コンパニオンアプリの開発が一時、流行していました。特に日本では。しかし最近、放送局によるコンパニオンアプリの開発は縮小傾向にあります。例えばイギリスの公共放送局BBCはいくつかの実験の結果から効果無しと判断して、開発を数年前にストップしています。その理由を訊いたことがあるのですが、テレビスクリーンを見ながら、もう一つのスクリーンを見させるのは無理があるとのことでした。テレビを見ながら、メールを送ったり、SNSに投稿したりするのは当たり前ですが、テレビスクリーンと併走するのは無理とのことですね。日本では、NHKの紅白歌合戦のアプリ以外には、効果があった例はないでしょう。おそらく世界で唯一の効果例かもしれません。
さらに、Wi-Fiもさることながら、携帯電話のインターネット網もサクサクで、輻輳感はまったくありませんでした。これはベライゾンが導入しているDAS(Distributed Antenna Systems)と呼ばれる分散アンテナシステムの効果だとか。DASは、AT&TやSprintなどの他の携帯電話事業者の回線に対しても有効だと言われています。

今年の中継局FOXテレビが、生中継放送の中で使った「Be the Player」という呼称のサービス。先ほど犬のショーで使われていたと書いたインテルの技術を応用しています。元々は、インテルが買収したReplay Technologyという企業の360度リプレイ映像技術。バスケットボールでのテスト映像も見たのですが、シュートした瞬間の映像を、コートを取り囲むように配置された36台の4Kカメラから得られた映像情報をクラウド上で処理し、360度映像を瞬時に作画できるというものでした。ダンクシュートした選手が空中でストップモーション。そしてぐるっと回転して、反対側からのアングルで見られます。マトリックスですね。生放送に使えるように作画できるとしていました。しかし今回は、このような360度動画ではなく、制止画でクォーターバックがパスする際の目線の表現などに使われていたようです
日本に来ていたNFLの映像には含まれていなかったので、自分の目では見られませんでしたが、アメリカに住んでいるスポーツデータ業界の友人に感想を訊きました。さして印象無しとのこと。やはり放送での表現が静止画どまりだったからでしょうか。
この手の技術は、生中継の放送向けでもあるのですが、放送となると、一手間も二手間も増えます。放送画質に作画しなければなりませんし、得点に関するものでしたら、間違いがないよう画面に出す前にチェックも必要です。しかしスタジアムに来ている観客の手元に配信する程度でしたら、さして手間がかかりません。
360度映像は、先ほど述べたようにリーバイス・スタジアムではハーフタイムショーで活用されていましたから、NGRスタジアムの本番では何故使わなかったのでしょうか。

日本でもアメリカでも、スポーツ業界の共通の悩みは、視聴世代層の偏り。若者が付いてこないこと。それをなんとかするために、スマートフォンを手放さないライフスタイルの若者たちを惹きつけるために、スマートスタジアム化することを選択しました。

生で観戦することがスポーツの醍醐味です。その時、手元で見ることが出来る情報は何がいいのでしょうか。売店やトイレの情報は当たり前、「あっ。これだね。」とインパクトのある一つが発見出来れば、それがキラーコンテンツとなります。まだまだ見つかっていないと思います。そして、それを届ける素敵な、スマートなアプリも日本にはまだありません。「無駄無駄無駄無駄」と連呼されないよう、頭を使い続けましょう。