読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

メガネは顔の一部です~魔法の時代に大魔王の存在は気付かれないように

ウェアラブル Apple Watch Vogue Google Home Amazon Echo 魔法の世紀 インターフェイス

「メガネは顔の一部です」というCMがありました。まさにその通り。たった一つ、メガネを選ぶとしたら、自分らしいメガネを必死に選びます。一方、メガネをいくつか持って、いろいろ掛け変えている人はどれくらいいるのでしょうか。
僕は、メガネ、コンタクトレンズ、老眼鏡、サングラスの4種類装備で暮らしています。日常はメガネです。天気によって、クルマを運転する時はサングラスです。机で仕事するときは老眼鏡、そしてマリンスポーツの時だけコンタクトレンズです。
ちょっと前まで、メガネのフレームに色つきのものをかけている人はほとんどいませんでした。僕はオレンジ色が大好きでテーマカラーなので、10年ほど前にフレームの内側にオレンジ色が入っているメガネをかけていましたが、当時、そんなものをかけているのはおかしい人と言われていました。しかし、今や普通のおじさんが白いフレームのメガネをかけていたり、結構、デザイン性の高いフレームを使っています。ほとんどが似合っていませんが。

ウェアラブル端末の迷走は、まったく、メガネのTPO(古い言葉!)を考えないグーグルグラス(Google Glass)から始まりました。最近でも、スナップチャット(Snapchat)が写真と動画をとれるメガネ(Spectacles)を発表しましたが、冗談かと思いました。あんなもの掛けて外出したら、グループサウンズ時代の鈴木ヒロミツさんか、ガチャピンの相棒ムックに間違われますよ。いや、「林檎殺人事件」?(まさかAppleを葬るというメッセージのために郷ひろみさんと悠木千帆さん〔今の樹木希林さんです〕が歌う際に掛けていたサングラスになぞらえるとは。そんな訳ないね。)発表されている写真や紹介動画の意味もわからない。だって、カッコわるいもん。何着てる時につけるの?日常的にメガネを掛けている目が悪い人はどうするの?何も考えて提案されていません。機能だけが全面に出されています。どんな髪型に合うと思っているのでしょうか。

新しいものが登場した時、それが今まで慣れ親しんだものに置き換えられるのが、一番スマートな流れです。新しく登場する便利なものは、日常の生活の中で、どのようにその立ち位置を確保するのでしょうか。いつ身につけるものなのでしょうか。今ある習慣のどれかを変えさせるのでしょうか。新しいものと言えば、セグウェイが空港などの警備で使われているのも、目線の高さやその存在感というものから導き出された利用法でしょう。騎馬警官の置き換えですかね。

アメリカ大統領の警護を担当するシークレットサービスの面々が使っているサングラスには、ヒンジのところに小さい鏡が着いているそうです。前を見ながら、予想外の“後方の動き”を察知するためです。これは見ていないようで見ているというサインを発するための、ちょっとした仕組み。見ている、撮っているというサインを明確に示すことでさまざまな効果が出てきます。

視線が正しく向けられるべきものという意味で、やはりメガネ系のウエアラブル端末は、医療分野や警備分野にまず導入されるべきものでしょう。馬と馬車をクルマに変えるにはインパクトが必要です。とにかく便利なんだ、ここにこれがあるのが正解だと思わせるインパクトが。

AppleApple Watchの発表時、Vogueにタイアップページを持ったのは正解だと思います。でもファッションとしての正解は示されてはいませんでした。

ファッションというと、俺はそんなことは気にしない、と豪語される方がいるでしょう。でも、ファッションに気を使うというのは、他人から見える姿をコントロールすることです。他人から見える自分について、まったく気にしないというのは、デザインなんて要らないと言っているようなものです。デザインはその機能に本質的に結びついているのものですから。

Googleにその感覚はないと見える時があるのが不思議です。音声アシスタント端末Google Homeなんて、日本の家にある芳香剤と間違われます。まじめにデザインしているのでしょうか。そもそも単体の家電製品というのが間違っています。機能では一番と言われているAmazon Echoだって、どこに置くか考えているのでしょうか。家の中の置き場所も考えた形にしないと。だってコンセントが必要なのですよ。しっぽが着いているものは、意外に置き場所を考えます。だから、ウェラブル型のメガネ型である必要が全くないのと同様に、単独の端末は間違っています。家庭内にある何かにビルトインされているのが正解です。それは、どの部屋にもあって、ネットワークへの接続のための電源が常時供給されているもの。照明以外にはないでしょう。デザインの素敵な照明器具メーカーとまずはタイアップすべきです。あとはコンセントかな。(妙な例えですが、盗撮グッズの置き場所と同じような考え方になります!)存在感を主張しないほうがいいのです。
魔法の呪文を唱える時は、空間に向かって唱えるでしょう。オズの大魔王はカーテンの陰で操作しているのが気づかれてしまい、その正体が露呈します。大魔王の姿は見えてはいけないのです。(オズの魔法使 [Blu-ray]

「魔法」という言葉は、メディアアーティストで、筑波大学助教の落合陽一さんの著書「魔法の世紀」からいただきました。20世紀が「映像の世紀」なら、21世紀は「魔法の世紀」である。書中に「存在を意識しないほど高度な技術は魔法に等しい」というお言葉があります。逆に言えば、存在を意識させる(=インターフェイスが自然ではない)インターネット技術の普及は難しいでしょう。

ちなみに、VR関連機器も魔法の度合いがまだまだ不足していると思います。ゴーグルをかぶるなんて、せっかく作った髪型が壊れてしまいます。だいいち暑い。
ウェラブル端末は、そのウェアラブルという言葉の意味を考える必要があるでしょう。魔法を揮うのに、ウェアラブル端末は重大な役割を果たします。魔法使いは小さな木の杖を持ってますからね。あの程度の大きさで、一振りみたいな簡単さがいいですね。

ダンス振付家の友人と話していた時にはたと手を打ったことがありました。無理な振付は結局、どんなにカッコよくても、覚えられないんだそうです。音楽に合わせた自然な身体の動きが要求されるということです。ウェアラブル端末ならではのインターフェイスも同じでしょう。

そうそう、魔法と言えば、魔法つかいサリーちゃんを思い出します。最終回、悲しかったなぁ。学校が火事になり、取り残された同級生を助けるために、衆目の中、魔法をつかったサリーちゃんは、人間の世界から去るしかないのです。