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乱暴者の独り言〜どこに向かうのか

NHK DeNA コンプライアンス フリースタイルダンジョン 記者会見

DeNAの医療系サイト「WELQ」コピペ大会が引き起こした一連の問題に関する第三者委員会報告が出ましたね。その会見と引き続きのDeNA幹部の記者会見を見ていました。いろいろ突っ込みどころはあるのですが、このこと自体は、これしかないでしょう。MERYが再開することはないでしょう。DeNAの社内にあった“マニュアル”は誰が作ったのでしょうか。まさか印刷物で残ってるわけでじゃないのだから、誰が作ったかわかるでしょう。そんな技術もないのでしょうか、DeNAは。

気になるのが、噂の村田マリさんのこと。事業責任者である村田さんは辞任の意向。この“意向”ってのは、海外在住だからメールのやりとりが基本なので、ということですが、つまり顔を合わせてないからってこと?この問題、およそ3ヶ月に発生しています。その間、一度も日本に戻られていないのでしょうか。社長の守安さんが村田さんからの売り込みで、この事業を買うことにしたのが全ての始まりと言われています。そして、その買収以前から、村田さんがお持ちの事業の中でも、今回の問題と同じように他人のサイトからのコピペと独自のSEO対策で高い収益を上げていらっしゃったということですよね。それなのに、村田マリさんは全く、表に出ないまま辞任されると。上手く逃げ切れるでしょうかね。NewsPicksでどなたかが、ほとぼりが冷めたら同じ手法で復活してくるとおっしゃってましたが、僕もそう思います。投資家のご主人の判断なのか、ご本人なのか、それともDeNA首脳陣の判断なのか、ここで顔を晒して謝っておけば、後でまた舞台に上がれるのに。これで再登場の時のハードルがとても高くなりましたね。

プライベートバンカー カネ守りと新富裕層
 

 

記者会見では、事業の定義が曖昧、管理体制が不十分だったとまとめています。DeNAとしては今後の発展性を見込んで、キューレーション事業に成果を出していたスタートアップ事業者を買収して始めたが、その事業の潜在的な問題に気づかなかった、社内コミュニケーションが不十分だった、と。

村田さんのことは、出処進退の態度としては疑問いっぱいですが、事業責任者の対応が厳しく、ベンチャーの尻尾切りに見えるという質問も出ていました。そうインターネット事業の失敗とその幕引きに関しては、よくある流れになりつつもあります。

日本企業で、本社から自分だけみたいな小さい支店の海外駐在や、組織の中で傍流にあって何でも自分でやらないとならないような立場におかれると仕事を進める力が着きます。社内ベンチャーのようなものです。特に現場の裁量権が大きい会社ではよくあることに思われます。そのように暮らしてきた人が、日本の本社に戻ったり、組織の主流に入ったりして時、今までのつもりで仕事をしていると、どこかで足を掬われます。決裁を仰ぐ以前に、なんでも上席に報告して、判断をもらう、または言っておく。独走していませんよ、という態度を見せる人にならないと大概、失敗します。 上席に、よほど信頼されていなければ、アイディアにあふれたリーダーが革新的または前例がないことを進める際に、ある日突然社内全体が敵になります。通常の業務手続きを取りながら、さまざま進めていたのに、コンプライアンスの違反者として、管理系から追求を受け始めます。社内の業務手続きに穴があり、それが周知のことになるような場合はなおさらです。(「フリースタイルダンジョン」という番組、ご存じですか?テレビ朝日で火曜深夜に放送されている、その名の通りのフリースタイル=即興のラップバトル番組です。AbemaTVでも配信されています。即興なので、素人の出演者がついつい放送に相応しくない言葉を使ってしまうことがあります。その際に、その言葉に上乗せされる音が「コンプラ」と呼ばれています。単なる「ピー音」ですが、これによってコンプライアンスという言葉、中学生でも知るところになっています。2016年12月31日に放送された「東西!口迫歌合戦」という年末特番は、最終的な視聴者数が340万に達したという人気プログラムです。)

いろいろ起きると、やはりみんなで共有しないと、と言う人が出てきます。共有ねぇ。まぁ、こうなると、実施までの速度が格段に低下します。だいたい人間関係の共有なんて、出来ると思っているのでしょうか。仕事上の人間関係は貸し借りに基づいていることが多いものです。名刺を共有情報にすれば、社内で人間関係が共有出来るなんて、全くの嘘です。築き上げてきた関係から得た情報なのに、独り占めしていると言われるようになっているでしょうから、メールはなんでもCCすべきだなんて、言われるでしょう。もう終わってますね。

一般的な全ての組織に当てはまるかはわかりません。でも、現場の裁量権を小さくしていくことは何をもたらすのでしょうか。さらに人口が減ることで労働人口も減り、さらに“ほどほど”であること、みんなで同じ歩調で歩くことを求められるようになると、いろいろなサイクルが縮小に向かうように思います。不祥事が起きた会社では、その時期に入社した新人は自分で判断せず、何でも訊いて指示を受けてから行動する社風の中で育つので、なかなか自立しないとか。それを思い出しました。

DeNAの記者会見から毎度の脱線でした。乱暴者の言うことで恐縮です。