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日記はだれのためー松任谷さんのことから

「散財日記」という連載が雑誌MEN'S CLUB(最初はMEN'S EXの連載だったかと)にあります。そうユーミンこと松任谷由実さんの夫、アレンジャー、キーボーディストの松任谷正隆さんがお買いになったものを報告されている企画です。(現在は「[続]僕の散財日記」というタイトルです。)さまざまな特注の結果などを、ご自身の反省を虚心坦懐にさらしていらっしゃいます。実に同意できることが書かれています。尊敬の念を禁じ得ません。このブログ、松任谷さんの「散財日記」を意識しています。

僕の散財日記 (文春文庫)

僕の散財日記 (文春文庫)

 

 

ご夫婦のファンである僕は、自分のクルマ遍歴の中に、松任谷さん(以降、正隆さんを「松任谷さん」、由実さんを「ユーミン」と書かせていただきます。)と同じクルマを所有し、そして同じような苦労を経験したというという歴史があります。そのクルマは、アルファスッド(Alfasud)。名前に「スッド(Sud)=南」と有るように、アルファロメオが貧しいイタリア南部のためにナポリ郊外の工場で生産したクルマです。スバルの水平対向エンジンをパクったエンジンを搭載していました。音はよかったですよ。しかし、品質は最低。鉄板の錆加工が悪くて、すぐに錆びる。もちろん僕のスッドも、たしか2人くらいの人の手を経たクルマで、比較的状態はいいクルマでしたが、後ろの窓枠あたりからの腐食が酷く、雨漏り対策に追われておりました。ほかには東関東自動車道を驀進していて、小雨が降り始めたのでワイパーを動かしたところ、突然ワイパーの根元が折れ、カランカランと音を立てて、ワイパーが吹っ飛んでいったことを覚えています。見事にワイパーの根元が腐っておりました。このクルマで、クルマに自分で手をかける練習と思っていましたが、あきらめました。世界的にも生産台数は多いが、残存台数の少なく。デロリアン(De Lorean DMC-12:ご存じBack to the futureに登場するタイムマシンになったクルマです)などと同列の欠陥車の筆頭に挙げられています。僕のアルファスッドは、忘れもしない、イギリスのダイアナ妃の来日(5/8)をあさってに控えて、警備の警官がたくさん立っていた1986年5月5日、青山通りの追突事故で廃車になりました。事故直後、路肩に移動させた直後に警官が寄ってきました。「早めにどけてね」と頼まれことを覚えています。

職権乱用 (CG BOOKS)

職権乱用 (CG BOOKS)

 

 

僕は年齢的にも、まさにユーミン世代です。僕的には以下の5枚のアルバムの時期が絶頂期です。松任谷さんが、音楽制作にシンクラヴィア(Synclavier:現在のデジタルオーディオワークステーションの元祖)を使いはじめた頃です。この時期、コンサートの切符を手に入れるために東奔西走したことを覚えています。逗子マリーナのサーフ&スノーにも行きましたし、代々木体育館でのコンサートにも連続で通いました。以下の5枚のアルバムの収録曲は、今聴くと、ちょうどバブル期の終わりと重なって、いろいろことを思い出させます。僕はいつの間にか、卒業してしまったのでしょうか。

1987年12月5日発売「ダイアモンドダストが消えぬまに」

1988年11月26日発売「Delight Slight Light Kiss」

1989年11月25日発売「LOVE WARS」

1990年11月23日発売「天国のドア」

1991年11月22日発売「DAWN PURPLE」

松任谷由実40周年記念ベストアルバム 日本の恋と、ユーミンと。 (通常盤)

松任谷由実40周年記念ベストアルバム 日本の恋と、ユーミンと。 (通常盤)

 

 

由実さんはテレビに出て歌うことが当時は滅多になかったのですが、テレビでのお姿で覚えているのは「天国のドア」に収録されている曲「SAVE THE SHIP」が流れた番組「ロシアの風・宇宙の風・ユーミン」(凄え題名!)。この曲が、TBSの創立40周年記念事業として宇宙にジャーナリストを送る「宇宙特派員計画」のテーマ曲でした。社内選考の結果、記者の秋山豊寛さんが選ばれ、日本人初の宇宙飛行士として、8日間宇宙に滞在しました。その番組の中で鮮烈に覚えているシーンがあります。秋山さんの乗ったソビエトの宇宙船TM-11がカザフスタンのバイコヌール(別名、星の街)宇宙基地から打ち上げられる光景を見ていたユーミン。発射台を望む丘の上で、発射の際の周囲を支配する絶対的な轟音の中、何故かユーミンは絶叫していました。そうせざるを得ないという言わんばかりに叫んでいたことだけを覚えています。(この企画でTBSはソビエト連邦宇宙総局におよそ20億円支払ったそうです。)
NHK技術研究所の8K公開で、宇宙船の打ち上げを記録した8K映像を見たことがあります。その轟音を聴いた時に、なんとなくユーミンの絶叫に至る気持ちの一端が理解できたように思いました。


毎度脱線しますが、ある仕事でこの当時のバンドのギタリスト市川祥治さんとご一緒しました。駐車場でいらっしゃるのを待っている時、アルファ164が入ってきたのを遠くに見て興奮しました。当時のコンサートパンフレットにあったメンバー紹介の写真は、それぞれの愛車を並べてのものでした。それを見て市川さんがアルファ164にお乗りと知っていたからです。松任谷さんも164をお持ちだったと記憶しています。安心して乗ることが出来るアルファロメオが登場した頃の思い出です。

 

僕は、いわゆる日記文学が好きです。歴史年表を眺めるのも大好きです。最近の雑誌にたまにある、著名人の今月の日記みたいな企画も大好きです。でも、日本古来の日記文学、例えば「土佐日記」」やら「紫式部日記」などは、学校の古典の授業でカバーされたわずかな部分しか触れたことはありません。傾向として昭和初期以降の人か、現代の人のものに惹かれます。そんな中で、僕がたまに読み返す日記がいくつかあります。

1930年代の代表的なコメディアン古川ロッパの日記「ロッパの悲食記 (ちくま文庫)」(食に関することだけをまとめたものです。日記は年別に出版されています。)は、戦前から戦後にかけて、どんなものが食べられていたか、食べたかったのか、つぶさにわかって興味深い本ですが、題名の通り、ちょっと悲しいというか侘しくなる日記です。

今や陶芸家(ご先祖がご先祖ですものね。家に持っていらっしゃるものが国宝級。それを子ども頃から見て育っているし。)として名を成していらっしゃる第79代日本国首相の細川護煕さんが在任中に書き留めていた日記「内訟録―細川護熙総理大臣日記」は、冒頭のマクベスの引用から始まるところが気に入っています。

第43代アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)時代の第20代国家安全保障問題担当補佐官、そして第66代国務長官と8年に渡り外交の重責を担ったコンドリーザ・ライス(Condlerzza Rice)さんの「ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日 (No Higher Honor: A Memoir of My Years in Washington)」にある2001年3月11日の記述に当たると、この分厚い本を読んだ甲斐があったと感じます。

日記は記録と言えば記録だし、客観的かと言われれば、そうでもないし。事実というより、その人が見た、言い方によってはバイアスのかかった“事実”が遺されている文章です。芥川龍之介の「藪の中」ですね。一方で例えばアメリカ人は記録好きなのでしょうか。第二次世界大戦時には、日米の戦いをカラーフィルムで記録するチームを編成され従軍していたり、大統領が重大な判断を下す時に必ずカメラマンが入って、写真が撮られたりします。どれも公開前提の公的記録としてのものでしょう。(そして政府要人は、私人に戻った後、日記や回顧録を出版して、その公的記録に多元的な視点を加えます。莫大なお金と引き換えに。)

松任谷さんの著書「僕の音楽キャリア全部話しますー1971/Takuro Yoshida-2016/Yumi Matsutoyaー」は、当然ながら「散財日記」と異なる雰囲気で、ご自身やユーミンの音楽活動のハイライトや、悔恨が混じった思い出もインタビュー形式で綴られています。日記ではありませんが、一種の編年体で離れて行った人や失敗したこともサラっと書いてあります。あくまでも松任谷さんの目を通して見た事実として。

僕の好きなユーミンの曲に「時はかげろう」という曲があります。時(時間)はすぐに移ろい逝くもの。日記は自分が何かを感じ、経験したことをそこに流れる時間とともに定着させたくて書くものだと思います。でも記録されたとは言え、その儚げなことは変わりません。誰かが定着させる努力をしないとすぐに逝ってしまう時。人の日記に惹かれる理由はそこにあるのかもしれません。

僕の音楽キャリア全部話します: 1971/Takuro Yoshida―2016/Yumi Matsutoya

僕の音楽キャリア全部話します: 1971/Takuro Yoshida―2016/Yumi Matsutoya