訪れるべき、とは?〜長逗留の憧れ〜人も宿も進化する

「アイディアは移動距離に比例する」という言葉。最近ではハイパーメディアクリエーター(というより女優の沢尻エリカさんの元結婚相手という“肩書き”のほうが有名な)高城剛さんの言葉となっていますが、僕は、イタリアの小説家、哲学者ウンベルト・エーコ(Umberto Eco)の言葉を高城さんが引用したように記憶しています。(でも、このエーコの元の言葉がどうしても見つけられません。エーコの著作全部を当たったわけではないのですが、いったいどこで語った言葉なのでしょうか。)

 

飛行機や新幹線などの高速で移動する交通機関だけではなく、ローカル線の各駅列車や地方都市のバスに乗っても、目にするものから連想して、いろいろなことを考えます。確かに、僕程度でも何かアイディアが浮かびます。すぐに忘れてしまいますが。夢みたいなものですかね。
さて移動距離と言えば、旅です。毎年、夏休みにどこに行くか。何に乗って行くか。悩むのも楽しい。ANAマイレージを真面目に貯めているので、年末にマイル修行もしています。日帰りの石垣島(正確には羽田空港石垣島空港ー羽田空港)や札幌(羽田ー新千歳ー羽田)もそれなりに楽しい。今年16年目にしてやっと初めて、会員ステータスがダイアモンドになりました。うれしっ!

パラダイス山元の飛行機の乗り方

パラダイス山元の飛行機の乗り方

 

 

ジェット・セッター(Jetsetter)という言葉があります。タキ・テオドラコプロスというギリシア人の作家が「ハイ・ライフ」というセレブリティ・ライフに関するコラムの中で紹介し、世の中に知られた言葉です。飛行機(自家用機の場合多し)で世界中を飛び回り、夏はイビサIbiza:スペイン)、冬はグシュタード(Gstaad:スイス)などの観光地を訪れ、お金を使いまくる生活を送る人々のことです。時代がかった訳では「ジェット族」と称されておりました。タキ自身もセレブリティ。でも「セレブ」ではなく、まだ「上流階級」という言葉にリアリティがあった頃、1980年代の話です。(この本、今となっては昔の話、なのですが面白い本です。なかなか手に入りませんが。)

ハイ・ライフ (知恵の森文庫)

ハイ・ライフ (知恵の森文庫)

 

 

昨今、ジェット・セッターは絶滅危惧種で、どちらかと言うと、パーマネント・トラベラー(Permanent Traveler:またはPerpetual Traveler)という存在に、その立ち位置を奪われてきています。パーマネント・トラベラーは、各国に居住者として見なされない期間だけ滞在し、その国家に税金を合法的に支払わない、もしくは納税する額を最小にする方法を駆使しながら、世界を移動している人々です。税金逃れの富裕層という見方もあります。ジェット・セッターに比べると、ちょっとケチ臭くなった感もあります。

プライベートバンカー カネ守りと新富裕層
 

 

さて、冬もそろそろ終わり。そして間もなく、蟹、それもズワイガニのシーズンが終わってしまいます。その前にと、ズワイガニを食べるために北陸に参りました。当然、往復は飛行機。羽田から小松空港までは飛行時間1時間弱。前述のように、ANAマイレージのステータスがDIAになって初めての旅でした。搭乗ゲート通過の際の電子チケットの読み取り完了音(?)が、DIAは違うことを初めて知りました。

泊まった宿は山代温泉の「べにや無可有(以下、無可有と書かせていただきます)」さん。小松空港からクルマで30分、JR加賀温泉駅からは15分くらいのところにあります。橋立の鑑札付きの蟹をたんまり食べて、温泉に出たり入ったり(入ったり出たり?)の一泊二日。こちらには、今回も含めて、都合4回お世話になっています。90年代、00年代、それからここ最近です。同じ宿に何度か泊まると、その宿の“進化”を感じとることが出来ます。

毎度ながらちょっと脱線すると、何度も同じ宿に泊まるのも、意外に難しいものです。ビジネスホテルではないので、連れが必要ですから。
ずいぶん前ですが、箱根の強羅花壇(ごうらかだん)に一ヶ月の間に二度、泊まった時は、連れが違う人でしたので、初めてのフリをするのに大変でした。最近、三度目に宿泊したときは知らんぷりせずに、素直に過去の訪問歴を白状しました。また、北海道洞爺湖(とうやこ)の「ザ・ウインザーホテル洞爺」にも二度、泊まったことがありますが、同じ経験をしています。この時はなんとか誤魔化せたように思いますが。

今や、箱根を代表する宿となった強羅花壇の躍進は、本館を今の形にした1993年以来のことでしょう。前職がイタリア語通訳で、仕事柄、豊富な旅行経験を持つ、つまり「旅人」である、現在の女将である社長さんが手がけたそうです。わざわざ足を伸ばしたい宿を見てきた人が、わざわざ訪れたい宿を作ったのです。内装を建築家の竹山聖さんが手がけました。そして、無可有の女将がその写真を見て、1996年から始めたリノベーションのプランニングを竹山さんに依頼したのだそうです。ちなみに、僕が最初に無可有に泊まったのは、強羅花壇と同じ建築家が関わった旅館があるんだ、というくらいのミーハーな理由だったと思います。

最初の2回の宿泊について、実はあまり記憶がありません。ご飯がおいしかった記憶があります。確か、お部屋での食事、いわゆる部屋食でした。部屋食の利点は終始、部屋から出ないで済むこと。欠点はご飯の前後に部屋を片付けるので、なんだか落ち着かない時間が出来ることです。

で、ここ2年ですが、続けて宿泊させていただいて、無可有は無可有ならでは立ち位置にある、言い換えれば「無可有ブランド」が出来上がった、と感じました。上から目線で恐縮ですが、素晴らしい“進化”を見ました。システム上の違いは、特別室以外は部屋食ではなくなり、食堂での夕食、そして朝食となっていたことくらいでしょうか。でも、根本的に無可有は、単なる温泉旅館ではなくリゾートに進化していました。「リゾート」という言葉の原義「何度も行く場所」というくらいに、次も訪ねたい、そして連泊したいと思わせる宿になっていました。旅の目的は、蟹を食べるためだけではなく、温泉に入るためだけではなく、べにや無可有を訪ねること。

働く皆さんのホスピタリティも特筆すべきものがあります。今回は、蟹剥きの極意を教えていただきました。来年は、蟹剥き1級のテストに挑戦しようと思っています。(注意:そんなテストはありません。そんな気持ちになるのです。あしからず。)

そうそう、連泊と言えば、最近では4泊した方もいるそうです。4連泊を受け入れるって、大変ですよ。夕食に同じものは出せないし。また料理と言えば、ベジタリアンのお客さまも受け入れ経験があるとのこと。宿としての確固たる意志が必要です。

べにや無可有も強羅花壇も、ルレエシャトー(Relais & CHATEAUX)という、フランス発のホテルとレストランの協会組織に加盟しています。世界60カ国以上、およそ550のホテルが加盟しているそうです。厳しい審査を経た加盟ホテルを紹介しているガイド本を読むと、次々と泊まってみたいと思わせる楽しい悩みを発生させます。

ガイドと言えば、ご存知ミシュランミシュランガイドはタイヤの販売促進のため、クルマで訪れるべきレストランを紹介したことが始まりです。そして、評価を表す星の意味は、最高ランクの三ツ星ともなれば、何かのついでに寄るのではなく、そこを目的地として、わざわざ訪れるべきレストランであるということ。訪れるべきとは、経験すべき場所ということです。

僕は湯治場への長逗留に憧れがあります。一度、やってみたい。温泉に好きなだけ入って、日がなうとうとして過ごす。これが具体的に、べにや無可有に長逗留してみたい、という憧れに変わりました。

アイディアは移動距離に比例するのでしょうか。証明したいと思います。