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春の波濤(2)

先週末は、もう一つ、波乱がありましたね。村上春樹さんの新作「騎士団長殺し」の発売(2月24日金曜)と小沢健二さんの「ミュージックステーション」(2月24日金曜20時から放送)の出演。

あぁ、これを書くと、バブル世代の話題だからねって、言われてしまうかもしれませんが。

「騎士団長殺し」の内容とレビューは、たくさんの方々が書かれていますので、そちらをご参考に。僕はまだ読み終わってないので、ネタバレもしません。ご安心を。

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

NHKの軟派(になってしまった)ニュース解説番組「クローズアップ現代+」の2月23日木曜放送回で『新作速報!村上春樹フィーバーに迫る』 (このタイトルのつけ方、なんとかならないのでしょうか。「フィーバー」って何?)を見ました。

番組中、「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」への書評に『「風の歌を聴け」を読んで、あまりのおシャンティーぶりに血の気が引きそうになったのを覚えております』とお書きになり大きな話題になったというアンチハルキスト(この名称もなんだかなぁ)が取材されていらっしゃいました。ちょっとした違和感が。いや、この方の考えについて違和感があったのではなくて、取り上げ方に、です。

風の歌を聴け (講談社文庫)

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

風の歌を聴け」って、オシャレな話かな。映画を観たことあります?あれを観ると、バブル期真っ只中に大学生から就職期だった僕でも、一世代前のことで、なんてカッコ悪い服を着ていた時代なんだろうと思っていました。「おシャンティー」とは2005年頃から使われている言葉で「オシャレ」を意味する言葉だそうですが、全く「おシャンティ」とは思えない。だって、1970年の話ですよ。全共闘世代。フライフロントの喇叭ジーパンを履いていましたよ、「僕」役の小林薫さん。映画の色調も昔っぽくて。監督は大森一樹さん。ちなみに「鼠」役は巻上公一さん。ヒカシューというテクノポップ(というかニューウェーブ系というか)バンドのボーカリスト。劇中に登場する、鼠が作った8ミリ映画を実際に撮ったのが知り合いだったこともあり、レンタルビデオ(!)を90年代に借りて観ました。

番組ディレクターとプロデューサーは、それぞれ何歳の人だろう。何かを一括りにして考えているような気がする。

「騎士団長殺し」、今週末に越前に蟹を食べにいくのですが、その道中に読むとしましょう。

 

ミュージックステーション」に小沢健二さんが20年ぶりに出演して歌うというので、正座をしてテレビの前に。ではなく、生で観るのを忘れました。今週になってから、録画を拝見。魂消た魂消た。サイモンとガーファンクル(Simon & Gafunkel)の曲、「Late In The Evening」(1982年、後楽園球場でThe Concert in Central Parkと同じセットリストで演奏した際のアンコール曲。ドラムのスティーブ・ガッドのグルーブ感の凄さに、3階席から転げ落ちそうになった思い出の曲)のイントロと間奏を引用している懐かしの「ぼくらが旅に出る理由」から続けて、新曲「流動体について」を歌うのですが、途中からこれはもしや惨劇かと思ってドキドキしました。発売前からサビのフレーズ「もしも間違いに気がつくことがなかったのなら?」の上昇メロディの裏声が微妙でしたが、生歌では、超超微妙。ネットでの反響がたくさん上がっています。神回とか言っている人は年齢がバレますよね。そうそう、叔父さんの小沢征爾さんにお顔が似てきました。

演奏もカラオケ感あったけど、ソロのギターの頑張り方、ちょっと良し。あのストラトって、昔も弾いてたヤツかしら。

流動体について

LIFE

セントラルパーク・コンサート [DVD]

フリッパーズギターのライブを見られなかったことは、バブル期最大の残念の一つです。当時、地方に住んでいたので。カッコよかったのよ。疾走感という言葉があるけど、まさにその疾走感が音にありました。

ヘッド博士の世界塔

小沢健二さんで思い出すのは、麻布十番のイタリアンレストラン(&ワインバー)、「ヴィノ・ヒラタ(VIno Hirata)」での目撃譚。深夜、テーブルを挟んで、女優の深津絵里さんが一生懸命喋っているのに、文庫本(岩波文庫の何かだっと記憶しております。よりによって岩波文庫。ハトロン紙もかかっていたような)を片手にした小沢さんは、ふんふんと何だか生返事をしていたのを目撃したことを思い出します。お目々クリクリの深津絵里さんの美しいことったら!

このお店は2階なのですが、3階には「クチーナ・ヒラタ」というイタリアンレストランがあります。ヒラタさんというオーナーシェフ(英、仏、伊がゴッチャですいません)がいらっしゃいました。「ヴィノ・ヒラタ」は、その“セカンドライン”の店ということでしょうか。

「クチーナ・ヒラタ」と言えば、メニューがなく、マダムが口頭で説明することで知られておりました。その何が珍しいって?あなた、イタリア料理のコースを前菜(アンティパスト)から、プリモ・ピアット(Primo piatto)、セコンド・ピアット(Secondo piatto)と全部、口頭で説明されてご覧なさいよ、それも25年以上前に。知らないモノばかり。だから聞いても覚えられない。マダムの口調がちょっと厳しい感じでね。余計にアガっちゃうわけですよ。なので、大体、それぞれの最初のモノを注文しちゃうのよ。

「ヴィノ・ヒラタ」は2017年の今も健在です。相変わらず何を食べても美味しい。お料理も勿論ですが、季節を生かしたドルチェも素敵です。毎度、2、3種類食べてしまいます。お店の自家製リモンチェッロ、いいですよ。最近は伺っていませんが、「クチーナ・ヒラタ」も、ヒラタご夫妻の手を離れたようですが、健在だそうです。

今日、買いましたよ「流動体について」。最近は滅多にTower Recordsに行かないので、入るだけでアガっちゃいました。カラオケで歌えるように練習しましょう。昔を思い出している曲だから、おじさんは歌わなきゃ。やはり、サビの裏声を忠実に再現しないと。

景気の袋小路感が強いせいなのか、バブル期に関する毀誉褒貶話が最近、多いように感じます(いや、別にバブル期の擁護をする立場には無いのですが)。回顧録や、秘録というかあの時には言えなかった“真相”を書いた本もたくさん出版されています。そんな中で、結果的に計ったような同時期に村上春樹さんと小沢健二さんの新作が出ました。

既に、それぞれに関して百花繚乱の程で、意見が出ています。文字通り毀誉褒貶。それはいいのです。でも批評のバックグラウンドとしての1970年から2000年までの日本、東京のことを全部ごっちゃにしているような人が多いように思います。学校の歴史の教科書で、近現代史がほんの数ページしか記載が無いから、ほとんど勉強してません、みたいな感じ。大波が来たことは知ってるけど、どんな波だったかは知らないなんて、次に大波が来ても乗ることは出来ませんよ。

春の波濤」は1985年のNHK大河ドラマ。日本の女優第一号である川上貞奴松坂慶子)を中心とした群像劇です。視聴率が低くかったことと著作権侵害裁判でも知られている作品です。やっとDVD化されたようです。ドラマ自体には特段思い入れがあるわけではないのですが、タイトルが好きな大河ドラマです。

波濤とは畝る大波のこと。そんな波に乗るには、手前に迫る波を越えてポジションを取らないと。