なぜ日本のサラリーマンはスーツを着るのか〜スーツ恐怖症の方々へ

「スーツの集団に近づくと泣きそうになる」というスーツ恐怖症なる投稿に共感が相次いでいるとのこと。何と言いますか、いろいろな連想と妄想が浮かびます。

「SUITS/スーツ」というアメリカのテレビドラマがあります。日本では2012年から放送されています。

ニューヨークの法律事務所に勤める敏腕弁護士と彼のちょっと変わった部下が、数々の面倒な訴訟に挑むストーリーです。既にシーズン6まで本国アメリカでは放送され、さらにシーズン7の制作も決定しているようです。シンプルなタイトルですが、いくつかの意味が掛け合わされていると言われています。弁護士ならではのバリッとしたスーツ(「背広」って死語?)、ビジネスマンや重役、高級官僚という意味の単語として使われるSUITS、そして SUIT=訴訟。なかなか凝ったタイトルです。そして、そのタイトルに負けないようにでしょうか、衣装が凝っています。

特に目立つのは、ガブリエル・マクト演じる主役ハーヴィー・スペクターのスーツ。トム・フォード(Tom Ford)のスーツです。

トム・フォードは1961年生まれのアメリカ人デザイナー。破産寸前だったグッチを復活させたクリエイティブディレクター、さらにイブ・サンローランプレタポルテ (既成服)部門のクリエイティブディレクターも兼任して、これまた忘れられかけていたイブ・サン・ローランを着てみたいと思わせる服に蘇らせたデザイナーです。ヨーロッパの老舗ブランドを任されたアメリカ人デザイナーというのはとても珍しい。

2005年から展開している、自分の名前を冠したブランド「トム・フォード」の服は、スーツだけではなく全てのアイテムが、ザ・男前に見える服はこれだ、という服です。襟、丈、ウエストの絞り、どれもがシャープ。

 

 

トム・フォードのスーツと言えば、今や007ジェームズ・ボンドのスーツです。6代目ボンドのダニエル・クレイグの衣装は、2006年公開の「カジノ・ロワイヤル(Casino Royale)」だけは、先代のピアース・ブロズナンと同じく、イタリアの老舗ブリオーニ(Brioni)でした。しかし、2008年「慰めの報酬 (Quantum of Solace)」から2012年「スカイフォール(Skyfall)」、2015年「スペクター(Spectre)」 と、トム・フォードになっています。特注ということでダニエルの体にぴったり。その美しさは立姿、特にロングショットの時の立姿が一際です。現代的なジェームズ・ボンドを象徴するスーツです。

でも実際のところ、トム・フォードのスーツを着たサラリーマンには、日本ではなかなかお目にかかれません。それに、どちらかと言うと日本のサラリーマンはスーツ姿というより、やはり背広姿と言ったほうが正しいような気がします。そう、スーツではなく背広。

サラリーマンだったころ、 スーツを着て会社に通っていました。現場なので、スーツを着ないでもよかったのですが、サラリーマンを辞めるまで、毎日、スーツを着ていました。

20年程前のことですが、帯状疱疹で2週間会社を休みました。長期出張でなければ、2週間も会社に行かないことなんてありませんでした。ちょうど1週間経って、会社の医者に診察を受けるために出社し、いつも乗っているエレベーターに乗り込んだところ、気持ち悪くなりました。理由はにおい。「匂い」ではなく「臭い」。それ以来ということでもありませんが、今でも集団サラリーマンの臭いには辟易します。違う意味のスーツ恐怖症です。

朝から晩まで長時間着用している上に、行き帰りの満員電車では汗。平日の5日間、何度か着回しているスーツは、想像するのも恐ろしいくらい、いろいろなものを纏っています。若い時、スーツは一張羅なことが多いのですが、歳を取ってもそんなにたくさんの数のスーツを着回してはいないようです。

クレージーキャッツの映画を観た時、平均的サラリーマン役の植木等さんの所作に、日本の高度成長期のサラリーマンの日常の姿を見ました。家に帰り、背広を脱いで、ハンガーに掛け、そしてチャッチャッと洋服ブラシをかけます。もちろん、それを見せるためのシーンではなく、セリフを言いながらの所作です。スーツへのブラシかけは、スーツの汚れを落とし、長持させるコツです。どれくらいの人が日常的に行っているのでしょうか。

考えてみれば、何のためにスーツを着るのか。自分がちゃんとしたサラリーマンだということを、他人に見せるためです。そう、つまりスーツ(背広)はサラリーマンのコスプレ。サラリーマン役をやるからには、衣装も大事です。

スーツ恐怖症の方、コスプレだと思って、役を演じきってください。

途中でサラリーマンを辞めた奴には言われたくないか。そう、途中降板もありですから。