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アマチュアのプロレスラー

昔、ある大学の学園祭に行った時のこと。プロレスのリングがあり、そこで結構、華やかなファイトが繰り広げられていました。闘っていたのは、どこかの団体に所属している“プロの”プロレスラーではなく、アマチュアの人々。レスラーの1人は有名プロレスラー、ボボ・ブラジルさんの名前を捩って、ボボ・ラブジルというリングネームでした。アマチュアのプロレスラー、ボボ・ラブジル(繰り返さなくっていい?)

そもそもアマチュアのプロレスラーとは、どのような存在なのでしょうか。インターネットの世界には、このような人たちがたくさんいらっしゃいます。

大型連休の間は、ほとんど他人のブログを読んでいませんでした。8日月曜になって、しばらくぶり、愛読(?)しているBLOGOSを見たり、インターネットの話題の記事を見たりして、面白い記事が山ほどあったので、なんとなく愚考とともに。

タイトルに誘われて読んだNewsPicksの投稿「素人の写真がプロの20倍以上の値段で売れる理由」。インスタグラマーによるブツ撮りサービスが好調だという記事ですが、中身は「へー、なるほどな」という内容です。でも、この文中で、筆者がご自分の活動のインパクトを「素人革命」と表現しているのですが、これなんか変。この「素人」とはどういう意味でしょうか。少なくとも、お金を貰っている時点で、プロなのではないでしょうか。納期を守り、請求書を出し、そこから生まれた所得に対して税金の処理をする。そして一番重要なことは、発注者から要求された水準以上のものを表現することですよね。素人の自分がプロに勝ったと言いたい?でも、それは素人だった自分が、プロとして新しい一つのビジネスモデルと作ったということでしかないのでは。革命ではないでしょう。写真のような表現の世界は、既存の感覚を乗り越えたものが出現し易い世界です。
また、文末に「パラダイムは刻一刻と変化しているのだ。」という一見、正しい、かっこいい表現のような文章でシメていますが、この文章にも違和感が有ります。パラダイムは「範」とか「物の見方や捉え方」というような意味ですから、一旦、確立しないと、それはそもそもパラダイムではありません。つまり「刻一刻」と変わっていくのなら、それはパラダイムではないのでは。「パラダイムシフト」という良く使われる表現は「革命的かつ非連続的に変化する場合、またはその変化のこと」という意味だとあります。(三省堂ワードワイズ・ウェブより)この文章、「刻一刻」という連続性を感じさせる言葉が入ってなければそれほど違和感は感じないのですが、せめて「新しいパラダイムが生まれつつある。」程度の表現が正しいように感じます。

BLOGOSで「TVの劣化を表すキンコン西野騒動」というタイトルの文章。ブログの内容とタイトルは若干、齟齬を感じますが、このブログも少々、意味のわからないものでした。問題を指摘するだけで、なんの解決策も提示していないからです。キングコングの西野さんという人はよくわからないのですが、このブログ、天に唾する発言ですよね。テレビが劣化しているとかはどうでもよくて、劣化した教育を受けた人が従事していることが問題なのではないでしょうか。少なくとも、筆者は大学教授ということで、教育者ですよね。メディア系の講座を持っているのなら、その卒業生は大丈夫なのでしょうか。少なくともこの先生は、ご自分がまともだと思う人を社会に出しているのでしょうか?まとめに「このディレクターのような作り手が制作の現場にいて、コンテンツであるタレントさんたちに現場で接してしまうことで、タレントのポテンシャルを引き下げ、番組のクオリティ低下を誘発させてしまう事例もあるのではないか」って。これはどんな職業でも同じでしょう。だから、どうすればいいのでしょう、あなたの危惧はわかったから、どうすればいいか教えてくださいよ、と思わせるブログの典型です。

おなじくBLOGOSで、ディズニーの映画「美女と野獣」の感想を書いていらっしゃるブログが、ピックアップされていました。個人的な感想文なので、内容は別に気にならないのですが、以下の一文に引っかかりました。

エマ・ワトソンさんも「ララランド」に続いて歌うシーンが多いのですが、本当に役に恵まれているというか、「フィールド・オブ・ドリームス」から「ダンス・ウィズ・ウルブズ」の時期のケビン・コスナーを思い起こすような勢いです。

1つの大きな間違いと、少々疑問がある表現があります。そう、1つはエマ・ワトソンさんは「ラ・ラ・ランド」には出演していません。エマ・ストーンさんですよね、主演女優は。この人、本当に映画を見ているのかな???
それから、ケビン・コスナーに関する表現もちょっと変。『「フィールド・オブ・ドリームス」(以下、筆者略「 F」)から「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(以下、筆者略「D」)の時期』と書いていらっしゃいますが、公開年月が「D」は1989年、「F」は1990年。その間に公開されたケビン・コスナーの映画は2本。そしてどちらも、全く話題になっていません。どんな「勢い」だろう???たった1年間のこと?この文章、全く意味を成していません。気づかなかったのでしょうか。この文章だけ?日常的に?何でこの人の、このブログがピックアップされたのでしょうね。考えてみれば、BLOGOSの仕組みを知りませんでした。

ブログでも、何だかなぁ、という文章がありました。ボクシング未経験者が、日本人初の3階級制覇を果たした元ボクサーの亀田興毅さんに挑戦する「亀田興毅に勝ったら1000万円」という企画が、5月7日にインターネットテレビのAbemaTVで生配信されました。拝見してはいないのですが、確かに、おっどうなるんだ、と思わせる企画です。結果として、視聴者が殺到して、サーバーが落ちたとのことです。おそらく想定外の接続数だったのでしょう。想定できなかったんでしょうか。対策も持ってなかったのですかねぇ。
その数字に関しての関係者のブログで「歴史的一歩」って。自画自賛。感極まっていらっしゃるのかしら。でも亀田さんは失礼ながら、テレビの出涸らしキャラですよね。そのキャラを使った企画。テレビでは出来ないこと、ではなく、テレビではやらないこと、なのでは。彼らの目標は何なのでしょうか。テレビになりたいのでしょうか。タイムラインとして次々と消費される動画に大量の広告を着ける事が出来ればいいというだけのこと?一番気になったのは、サーバーが落ちたことを自慢しているように見えること。どうなんでしょう。少なくとも反省のお言葉はないですね。サーバー落ちを自慢するのは、10年前の感覚です。さらに社長の言葉を引用して「競合らしき競合は出る気配もない」。うーん、83億(2016年9月通期の連結決算発表から。AbemaTV単独ではないようですが。)の赤字事業ですからね。「現時点で収益を成り立たせようとは1ミリも考えていない」という事業に「競合」は出ないですよね。
ところで、業界内イベントでも、AbemaTVの方々は結構、どうかなと思うことを仰っていて、ある時、ご自分たちが「AbemaTVは世界初の24時間ライブストリーミング」とか、仰っているのを聞いたことがあります。そんなことはないでしょう。以前からありますよ。ウラを取りましょうよ、自分の発言の。

そして、ちょっと意地悪な横道逸れですが、間違い探しが楽しい「食べログ」。あるとんかつ屋さんについての口コミで、『小さいアサリが入っている味噌汁』とありました。って、アサリではなく、シジミでしょう。だって、シジミくらいのサイズのアサリが食用として流通するはずないもの。ここまでくると、何だかなぁって感じ。

既存の権威のようになってしまっているものを超えて、素人が新しい価値や感覚を容易に持ち込む事が出来るのが、インターネット時代(ちょっと古い言い回しですね)ならではの利点です。でも、素人であることが手段になると、WELQに端を発したDeNAのコピペ問題の病根と同じところに堕ち込みます。また一方で、実はプロが素人を装って、発言することが出来るのもインターネットです。使い分けているケースが結構ありますよね。責任者の一端に連なっているのに、実際に発生したことから都合のいいことだけを発表するのは、一種のフェイクニュースでしょう。
いやいや、「俺は、私はニュースなんて書いてない。ただのブログだ。」って?拡散されたいのでしょう。拡散されたら、それは受取り手にとってのニュースになります。だからフェイクニュース。特に“中の人”が書いたら。

ご存じかと思いますが、テレビや新聞の記者やディレクターは、記者やディレクターになるにあたって、なんらかの資格があるわけではありません。取材やロケなどの現場経験によって磨かれ、一人前になる。OJT(On the Job Training)を通してだけです。現場で育つ。このトレーニングの過程の中で、自分の原稿や番組は、何人かの目を通ってから世の中に発表されるのが、当たり前の段取りだと叩き込まれます。仕組みとしての校閲石原さとみさんのドラマのアレですよ)や試写です。これによって、最低限の間違いは(最近はそうでもないのですが、それはまた別の話。)無くなります。もちろん、たくさんの人が事前に目を通すことで、エッジが無くなったり、別の思惑に引っ張られたりすることもあります。でも、この課程で受ける厳しい批判や小さな賞賛が、一番、トレーニングになるのです。(念のため申し上げておきますが、既存のマスコミを賛美しているのではありません。悪しからず。)

人間の脳の最大の特徴は、ストーリーを作ること、と聞いたことがあります。(すいません。この話、ウラ取りしてません!)それが想像力や直感の元となり、結果として文明を発達させることが出来たのだとか。
何が言いたいのかと言うと、思い込みって、結構あるということを悟りましょうよ、ってこと。だから、発表前にせめて事実関係くらいは確認しましょう。
だって、ブログを書いてる皆さん、他人に見てもらいたいんでしょう。

マチュアのプロレスラーの一人として自戒を込めて。

 

5月12日、訂正箇所あります:言っておきながら、公開してから間違い発見。ディズニーのくだり、映画名の省略で「F」と「D」がごっちゃになってました。それから、サーバーエージェントさんの決算に関する記述で「通期」が「通気」になっていましたので、そこも修正しました。失礼致しました。

茶碗の中に何がある~茶の湯と日本の人事評価

先日、上野の東京国立博物館に特別展「茶の湯」、観に行ってきました。いわゆる名物揃いの展覧会です。平日でしたの、それほど混んでおりませんでした。でも、最近話題の国宝の茶碗「油滴天目」には人集りが出来ていました。

4月11日に始まったばかりですが、23日までしか展示されていない「初花(はつはな)」を見るのが最大の目的で訪れました。ご存じの方も多いと思いますが、「初花」は“肩衝(かたつき)”と呼ばれる、茶入れの小さい壺です。『重要文化財 唐物肩衝茶入 銘 初花』。肩の部分が水平に張っている様を“肩衝”と言うそうです。「初花」は、織田信長豊臣秀吉、そして徳川家康の手を経た名物、彼らがその手で触れ、愛でたものです。日本史の中でも、特筆すべき有名人の3人に仕え、茶の湯の歴史に名前を遺す大名・茶人、古田織部(ふるたーおりべ)を主人公にした漫画「へうげもの」の愛読者で、この肩衝の来歴を知っているものですから。“楢柴(ならしば)”、“新田(にった)”と並んで天下三肩衝の一つと思うと結構、感激しました。オカルティックな意味ではなく、彼らがこれを包む手が見えたような気がしました。そして、無機物である陶器にもし、目鼻などの感覚器があり、記憶があるとすれば、「初花」は信長、秀吉、家康の顔を間近に見たはずだと感じました。

chanoyu2017.jp

さて、その感動の後にふと考えたことがあります。耐震ケースに入って、スポットの当たっている「初花」を見て、「素敵ねぇ」とか「綺麗ねぇ!」と嘆息を漏らしている方々が結構いたのです。どういう意味なんでしょうか。

この「初花」の価値は、どこにあるのか。先ほど申し上げたように、信長、秀吉、家康の手を経たことが一番の価値だと思います。もちろん技巧的な意味で全く「素晴らしくない」というほど、野暮ではありません。でも高度な技術で作られたとか、なんだかわからないけど芸術性が高いという品ではないですよね。カタログにも「中国南方で作られた日用品の褐釉小壺が日本で唐物茶入れとして珍重されました。(中略)命銘は足利義政と伝わります」とあります。そのもの自体の価値ではなく、歴史を経たという価値を纏っていることが大事なはずです。(それにそもそも、信長や秀吉が持っていたものと同じか=本物か、はわからないという意見もあるようです。)

骨董には、これは誰々が持っていたかなどを箱に記する習慣があります。箱書きですね。由緒を証明するものです。辞書にも「書物・器物などを入れた箱に題名・作者などを記して、その中身を示すこと。また、その文字。」とあります。お見合いの釣書、履歴書の添え状、ですね。それによって、そのモノの真贋を証明し、価値を説明しています。
中国では日本のような箱書きは生まれなかったようです。ただ、書画に直接書き込む「讃」や「題跋」が真偽鑑定に重要な役割を果たします。

 

世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情―真贋をめぐる大騒動

世界一高いワイン「ジェファーソン・ボトル」の酔えない事情―真贋をめぐる大騒動

 

ヨーロッパ圏やアメリカではどうなんでしょうか。ロンドンでワインのオークションに参加した時、たしかロシア皇帝のワイン倉で保存されていたシャンパンだか、シャトーディケムだかが出品されていました。すごい値段で取引されたのを、眼前で見ました。また、有名な事件として、「ジェファーソンのワイン」という詐欺事件がありますね。アメリカ建国の父の1人、政治家・博物学者のトマス・ジェファーソンはワイン愛好家として知られ、そのコレクションはなかなかのものだったそうです。そのジェファーソンが所有していたとされる赤ワインが発見され、これまたオークションでスゴい値段がついたのですが、実は偽物だったという事件です。そのものの価値ではなく、そのものが持つオーラのようなモノに価値があるという例の一つです。

 

 そう、千利休という人は価値を作った人です。古田織部もそうですよね。茶の湯のシステムを構築した人たちは、スゴいものだというオーラを纏わせることで、価値が出来ることに気づいた。そろそろラストスパート感のある漫画「へうげもの」を読むと、『凄い人が、これは凄いと言ったので、これは凄いものだ、という褒めの連鎖』が、伝統と価値を作っていく課程が、わかりやすく理解できます。利休には、秀吉の茶頭であるという自分の評価を商売に利用したという悪口もあります。それに、フィリピンの日用品でどこにでもあった壺を、船で堺の港に運んで、高い値段をつけて大名に売ったとも言われています。これは呂宋の壺という例えで呼ばれて、堺(大阪)商人の逞しさの象徴として、今日でも語り継がれています。

これって、日本の会社の中の、誰誰さんの派閥、後輩として知っている、みたいなことと似てません?日本の人事評価システムも推薦人が結構大事だっていうこと。誰が“後見人”なのかとか、“本籍地(=最初に配属された部署)はどこなのか”なんてことをずっと言い続ける会社もありますね。会社の中でエラくなった人の奨める人は、優秀な人材だとされる。
でも、推薦って難しいですよね。超卑近な例では、男子が「あいつはスゴくいいヤツ」と言う男子、女子が「とってもいい子」と呼ぶ女子は、それぞれ異性から全く評価されない(=評価が低い)というケースを思い出します。(ちょっと違うか!)
一方で、社内や国内のグループで評価されていなかった人が、外国で評価され日本に戻ってくると、突然、日本でも評価されるケースが発生します。別の箱書きをもらった人ですね。一時は、MBAなんて箱書きが流行ました。

横尾 いちいち担保を取っていたんですか?

國重 取らないことも多かったです。企業に融資する場合は、プロジェクトの中身もろくに調べずに貸していました。私が役員になって支店長をしていた時代、ある会社に「裸」で4億ほど貸したことがあります。「裸」というのは無担保、無保証のことで、「何かあったら俺が責任を持つ」と言って貸した。ところがその会社は潰れてしまって、結局カネは返ってこなかった。

横尾 責任は取らされたのですか。

國重 副支店長以下、部下は減給とか戒告処分を受けました。ところが私には何の処分もなかったんです。なぜなのか人事部に聞いてみると、役員は処分しないんだ、と。「役員を処分すると、その人を役員に引き上げた経営会議のメンバーの能力が問われてしまうから」とのことでした。

引用元記事:                          野村證券×住友銀行 今だから話せるバブルの「武勇伝」と「教訓」 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51479 #現代ビジネス

バブル期の金融機関の内実を当事者が実名で綴った話題作「野村證券第2事業法人部」と「住友銀行秘史」。それぞれの著者、元野村證券の横尾宣政さんと元住友銀行の國重惇史さんの対談が講談社のサイト、現代ビジネスに掲載されていました。

gendai.ismedia.jp

國重さんが役員で支店長だった時に、自分の支店で億単位の焦げ付きを出した時のことだそうです。「役員を処分すると、その人を役員に引き上げた経営会議のメンバーの能力を問われてしまうから」、役員は処分しないって、つまり誰かさんが選んだ(=という箱書きがある)人を処分すると、その誰かさんの能力が問われるから、ってことですよね。能力を問えばいいじゃん。能力を問うて、責任を取らせないから、ダメなんじゃないですか。

  

茶碗の中に宇宙がある、とは誰が言った言葉でしょうか。茶碗の中には、オーラが満たされているのですね。歴史の澱。箱の中にも澱が溜まっているのでしょう。

そうそう、箱書きだけの展覧会なんてどうでしょう。名品の箱書きだけを見るなんて、ちょっと面白い。日本社会で次に流行る箱書きはなんでしょう。

 

映画の音〜仲代さんの音

 

 

テレビをザッピングしていると、思わぬシーンに遭遇します。今回はそんなお話。

子連れ狼 地獄へ行くぞ!大五郎」(1974年公開)をWOWOWでチョイ見しました。深夜のザッピングの途中でしたが、あまりの展開に釘付けになりました。
雪の斜面で、橇となった大五郎の乳母車に乗った若山富三郎の拝一刀が猛スピードで滑降しながら、これまたスキーで滑降しながら襲いかかる柳生軍団と闘う、映画のクライマックス。立木を背にして、集団攻撃を受ける拝一刀の前に柳生の手練れが5~6人一列に並び、1人の様に振る舞いながら、2人目が前の1人目を飛び越えて、拝一刀に襲いかかる様は、まるでZOO(雪の斜面ですから、EXILEではなく、ZOOでしょう)の名曲「Choo Choo Train」の隊列で、「機動戦士ガンダム」第24話(1979年9月15日放送「追撃!トリプル・ドム」)に登場するモビルスーツパイロットチーム、黒い三連星が使用した攻撃フォーメーション『ジェットストリームアタック」を仕掛けているではありませんか。これは縦一列に並び、正面から見ると1人だけが向かってきているように見える態勢。拝一刀は、もちろんアムロ・レイのようにビームサーベルではなく、愛刀の胴太貫で見事、全員ぶった斬ります。そうだ!この「子連れ狼」シリーズ放送事前特番で日本の映画史、時代劇研究家の春日太一さんと映画評論家の町山智浩さんが、対談で言っていたのはこれか!と。確かに「ジェットストリームアタック」ですが、僕はそこに「Choo Choo Train」を加えたいと思います。それもZOO版。

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この雪のシーン、撮影の関係でしょうか、同じカットを編集で多用しています。そこに人をぶった斬る音も含めて、ずっと「どわー」「ごわー」「ずわー」という様な音響効果が付いています。

映画はちょっと前まで、ほとんど全てがアフレコでした。基本的に編集が前提のため、また撮影するカメラのフィルムが回る音が大きかったこともあり、お芝居と台詞を一緒に収録出来なかったので、お芝居を撮って、その際に役者さんの台詞とそのニュアンスを記録し(映画スタッフの中の「記録」というお仕事の業務の一つです)、映像の編集が終わってから、当然ながら同じ俳優さんが自分の芝居に合わせて、台詞を言います。そして、そこに情景に合う音を付けます。音を足すのではありません。現場の音はほぼ全く使えません。全ての音を「付ける」のです。

 

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アフレコって、難しそうですよね。伊丹十三監督作品「マルタイの女」(1997年公開)。三谷幸喜さんが脚本に参加していて、最終的には企画協力で名前を連ねています。そのせいか、三谷さん縁の俳優さんが多数出演しています。準主役の立花刑事役の西村雅彦さんがアフレコが苦手だというのが、DVDからもわかります。リップシンクがなんか微妙。伊丹さんが諦めたとは思えないから、かなり追い込んだのでしょう。そう思うと、津川雅彦さんや宮本信子さんはやっぱり上手い。映画全体もすごく整音されていて、手塚治虫先生の漫画じゃないけど「シーン」という静寂の音(?)も付けられているように感じます。伊丹さんの映画は、この「マルタイの女」が遺作となりました。残念です。

 

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最近、黒澤明監督の「乱」(1985年公開)の4Kデジタル修復版を見ました。公開から30年経っての修復版ということですが、公開当時に劇場で見た記憶と比べても、あまりその効果は感じられませんでした。Wikipediaにもある有名なエピソードですが、畠山小彌太役の加藤武さん(市川崑監督、石坂浩二さん金田一耕助シリーズの警察幹部役で「よしっ!わかった!」という台詞、ご存じじゃありませんか?)が撮影中に落馬して骨折し、アフレコが出来なくなってしまったので、親戚である声優の加藤精三さんがアフレコしています。星一徹です。結構、いいですよ。不思議なもので、気にして見ていたら、ちょっとだけ違和感(というと失礼ですね。)がありましたが。

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カメラもデジタル化されたり、録音技術も高度化してきたこともあり、この音の世界も変わってきています。中でも「レ・ミゼラブル」(2012年公開)の歌(全編ほとんど歌なので、台詞と同じことになりますね)は、同録だということでかなり話題になりました。実はかなり、画期的なミュージカル映画なのです。というのもミュージカル映画は先に歌を録音して、それに合わせて口パク(歌っているようにお芝居すること)するという方法で制作されてきました。でもこの映画では、俳優が現場で歌っている音声をお芝居と一緒に映像に収めています。本当に歌っているのです。

ミュージカルと言えば「La La Land(ラ・ラ・ランド)」。日本でもリピーター続出の大ヒットの様です。iTunesではサントラが売れているそうです。僕も買いました。アメリカではアナログ版も売れているとのこと。この映画の収録は口パク方式でしょう。音楽を担当した作曲家ジャスティン・ハーウィッツさんは監督デミアン・チャゼルさんとハーバード大学同級生。音楽作りはかなり上手です。アレンジにフルートが結構使われています。フルートって、古くさいアレンジになります。人の声に近い音域なので、歌の周りに纏わり付いて、うるさい感じになるのですが、逆にそれがちょっと古い感じというか、伝統的なミュージカルの音楽の感じを出しています。タイトルチューン「Another Day of Sun」の46秒あたりからの4小節が「藤田ニコル・つまんねぇ・ホットバス(hot bath)・平井堅」と聞こえます。空耳。結構気に入ってます。
俳優、ご存じ仲代達矢さんが「ロサンゼルス(LA)では、たくさんの俳優や歌手の卵たちが、ウエイター(waiter)をしながら、その日が来るのを待ってる(=ウエイト:wait)んだよ」と言ったと、無名塾の弟子である滝藤賢一さんがGOETEの連載に書いてました。さすがいいコト仰る。

 

ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック

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ラ・ラ・ランド-オリジナル・サウンドトラック(スコア)

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最近気づいたのですが、映画での仲代達矢さんの音。声ではありませんよ。仲代さんが発する音って、独特ですよね。ところで、仲代さん、Twitterを始められたそうです。一度、原稿用紙に書いて、それをスタッフさんが入力しているんですって。
そうそう、仲代さんの音。ちょっと前にこれまたWOWOWで、テレビ出身の映画監督としての先駆け、五社英雄監督特集をやっていました。「御用金」(1979年公開)と「雲霧仁左衛門」(1978年公開)を見ました。どちらの劇中も、主役の仲代達矢さんが人を斬る時の声がなんとも言えず凄い。「どぅ」というか、濁音+息みたいな音を出しながら、人をぶった斬ります。盗賊である主役の仁左衛門を務めた「雲霧仁左衛門」の1シーン、火付盗賊改の中でも一番の居合いの使い手である同心(室田日出男さん)との対決シーン。彼が駕籠に乗っている時に田んぼのあぜ道、それも一本道で、駕籠ごとぶった斬ります(駕籠を正面から上と下に!)。乗っていた同心の首があぜ道にゴロリと、思いきや、同心は事前に雲霧の襲撃を察して、駕籠かきに紛れていたのです。仁左衛門は、同心を田んぼの泥濘に誘いこんで、居合いの踏み込みを封じて、突き殺します。このシーンの、仲代さんの息遣いともなんとも言えない声。しかしアフレコかな、どうやって合わせたんだろう。さすが。仲代さんの音です。

 

あの頃映画 「雲霧仁左衛門」 [DVD]

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でも、動きの芝居だけでもスゴいんです。肉をタレに揉み込み、(おそらく)七輪で焼き、口に頬ばるまでを、無言で動作だけで見せる1998年のCM。つまり“エア”焼き肉なのですが、弟子たちがまるで本当に食べているように見えるので驚愕の声を上げるという、焼き肉のタレのCMです。
音もスゴい、そして音が無くてもスゴい、84歳の仲代さん。これからも、お芝居を見せてください。

スマートなスポーツ観戦はスマートなアプリから

子どもの頃、ヤクルトファンでした。よく神宮球場へ行ったものです。弱いチームだった頃でしたので、球場は空いてました。ある時のことです。対戦相手は忘れましたが、何故かその試合はラジオ中継が行われていたのです。ふとラジオのスイッチを入れ、実況中継を聴きながら試合を見ると、とてもよくわかることに気付きました。そう、野球を野球場で見ながら、ラジオの実況放送を聴くことがこんなに素晴らしいなんて!きっと僕しか気づいていない、大発見だと思いました。しかし、家に戻って、父に勇んで話したらところ、一言で否定されました。無駄だと。ラジオの電池の無駄と。

最近のIT業界のトレンドのキーワードの一つに「スマートスタジアム」があります。インターネット環境を整備し、観客が発信しやすくしたり、スタジアム内向けのコンテンツ配信を行って観戦の際の満足度を高めることが出来るようスタジアムにすることです。Jリーグも例のDAZNのお金があるので、スマートスタジアム化が急務だとして、取り組んでいるようです。でも、生で見る以上の価値を見いだせないと、僕の父の一言、「無駄」で終わってしまいます。

ほとんどテレビで見る程度にしか、縁の無かったスポーツでしたが、ここのところ、仕事柄ではないのですが、スポーツ観戦の機会が結構増えました。昨年10月にイギリス・ロンドンのエミレーツ(Emirates)スタジアムで、プレミアリーグサッカーのアーセナル(Arsenal FC)対サウザンプトン(Southampton FC)の試合、12月にはアメリカ・サンタクララのリーバイス・スタジアムでアメリカンフットボールNFL(National Football League)のサンフランシスコ・フォーティーナイナーズ(SAN FRANCISCO 49ERS)とニューヨーク・ジェッツ(New York Jets)の試合。人生で初めてのアメフト、それも生の試合でした。そして日本でも、横浜でクラブワールドカップ2016の決勝戦鹿島アントラーズレアル・マドリード(Real Madrid Club de Futbol)を見る幸運に恵まれました。つい最近も、仙台でJリーグベガルタ仙台ヴィッセル神戸の試合を見て来ました。

NFLは、このスマートスタジアム化に熱心で先進的です。カルフォル二ア州サンタクララのリーバイス・スタジアムで、「スマート・スタジアム」を体験してきました。シリコンバレーのお膝元として、2014年に改装された際に最新のスマート技術が導入され、昨年の第50回スーパーボール(Super Bowl)の会場となったスタジアムです。

その目もくらむような高さの3階席で試合を見ました。場外のデジタルサイネージで、インテルが360度映像のデモを流していたりして、本番での映像を期待しましたが、実際はハーフタイムに犬がフリスビーを空中で咥えるショーだけに対応していました。犬の妙技、360度映像で見ると、結構、面白い。

観戦には、このスタジアム用のアプリを事前にダウンロードすることがマストです。スタジアム内のWi-Fiに接続します。超高速感。アプリから食べ物が注文でき、届けてもらうことも出来、さらにその待ち時間が表示されたり、はたまた直接買いに来た方が早いと表示されたり、さらに会場の大スクリーンにも投映されているプレイバック等がアングルを選んで見ることが出来たり、アプリが大活躍します。映像は観客が少なかったせいかはわかりませんが、表示もサクサクでした。今年の第51回が行われたテキサス州ヒューストンのNGRスタジアムも、来年第52回が行われる予定のミネソタ州ミネアポリスのU.S.バンク・スタジアムもスマートスタジアム化されており、それぞれのスペックを見ると、このリーバイス・スタジアムを標準としている感があります。(ちょっと面白いデータがあります。第50回、51回ともほぼ同じなのですが、WiFiの同時接続ユーザー数が全観客のおよそ50パーセントなのです。これは接続上限の設定に参考となる数字ですね。)

リーバイス・スタジアムのアプリは、Venue Nextというベンチャー企業が手がけています。NFLダラス・カウボーイズの本拠地AT&TスタジアムやMLBのニューヨーク・ヤンキースヤンキーススタジアムなどとも契約して事業拡大しているようです。確かにアメリカでは、エンターテインメント施設やイベントでのアプリ導入はトレンドになっています。ご存じの通り、ラスベガスで行われるCESやNABと言った巨大展示会では必ず専用アプリが公開されています。
何かを見ながらのアプリと言えば、放送が見ながら使うアプリ、コンパニオンアプリの開発が一時、流行していました。特に日本では。しかし最近、放送局によるコンパニオンアプリの開発は縮小傾向にあります。例えばイギリスの公共放送局BBCはいくつかの実験の結果から効果無しと判断して、開発を数年前にストップしています。その理由を訊いたことがあるのですが、テレビスクリーンを見ながら、もう一つのスクリーンを見させるのは無理があるとのことでした。テレビを見ながら、メールを送ったり、SNSに投稿したりするのは当たり前ですが、テレビスクリーンと併走するのは無理とのことですね。日本では、NHKの紅白歌合戦のアプリ以外には、効果があった例はないでしょう。おそらく世界で唯一の効果例かもしれません。
さらに、Wi-Fiもさることながら、携帯電話のインターネット網もサクサクで、輻輳感はまったくありませんでした。これはベライゾンが導入しているDAS(Distributed Antenna Systems)と呼ばれる分散アンテナシステムの効果だとか。DASは、AT&TやSprintなどの他の携帯電話事業者の回線に対しても有効だと言われています。

今年の中継局FOXテレビが、生中継放送の中で使った「Be the Player」という呼称のサービス。先ほど犬のショーで使われていたと書いたインテルの技術を応用しています。元々は、インテルが買収したReplay Technologyという企業の360度リプレイ映像技術。バスケットボールでのテスト映像も見たのですが、シュートした瞬間の映像を、コートを取り囲むように配置された36台の4Kカメラから得られた映像情報をクラウド上で処理し、360度映像を瞬時に作画できるというものでした。ダンクシュートした選手が空中でストップモーション。そしてぐるっと回転して、反対側からのアングルで見られます。マトリックスですね。生放送に使えるように作画できるとしていました。しかし今回は、このような360度動画ではなく、制止画でクォーターバックがパスする際の目線の表現などに使われていたようです
日本に来ていたNFLの映像には含まれていなかったので、自分の目では見られませんでしたが、アメリカに住んでいるスポーツデータ業界の友人に感想を訊きました。さして印象無しとのこと。やはり放送での表現が静止画どまりだったからでしょうか。
この手の技術は、生中継の放送向けでもあるのですが、放送となると、一手間も二手間も増えます。放送画質に作画しなければなりませんし、得点に関するものでしたら、間違いがないよう画面に出す前にチェックも必要です。しかしスタジアムに来ている観客の手元に配信する程度でしたら、さして手間がかかりません。
360度映像は、先ほど述べたようにリーバイス・スタジアムではハーフタイムショーで活用されていましたから、NGRスタジアムの本番では何故使わなかったのでしょうか。

日本でもアメリカでも、スポーツ業界の共通の悩みは、視聴世代層の偏り。若者が付いてこないこと。それをなんとかするために、スマートフォンを手放さないライフスタイルの若者たちを惹きつけるために、スマートスタジアム化することを選択しました。

生で観戦することがスポーツの醍醐味です。その時、手元で見ることが出来る情報は何がいいのでしょうか。売店やトイレの情報は当たり前、「あっ。これだね。」とインパクトのある一つが発見出来れば、それがキラーコンテンツとなります。まだまだ見つかっていないと思います。そして、それを届ける素敵な、スマートなアプリも日本にはまだありません。「無駄無駄無駄無駄」と連呼されないよう、頭を使い続けましょう。

男子化粧品考ー山猫軒の僕

花粉の季節です。こんな時、男子でよかったと思うことは、お化粧をしないで日常を過ごせることです。女子の皆さんは大変。花粉で目がかゆい、目の周りもかゆい。鼻もかゆい。鼻水が出る。お化粧との兼ね合いが悩ましいところです。

確かに、お化粧はしていませんが、化粧品は使っています。もちろん男性用。しかし、思い起こせば、いつから男性用化粧品ってあるのでしょうか。もちろん、マンダム(チャールズ・ブロンソン!)やらアウスレーゼ草刈正雄さん!)やら、化粧水系はずいぶん前からありましたが、洗顔とその後のケアから、というのはいつからあったのでしょうか。

大学生の頃、クリニーク・フォー・メン(Clinique for Men)が専用ポーチと共に登場したことは鮮烈に覚えています。とにかく、持ち歩き用のミニサイズのクレンジングフォームと化粧水がグレーのロゴ入りのポーチに入っていたことがポイント高し、でした。タオルとそのポーチをバッグに入れて持ち歩き、時間があれば、学校の水道で、バシャバシャ顔を洗っていたものです。その後、いろいろなものに浮気して、これと言ったマストアイテムはありませんでした。

2004年に発売された資生堂メン(SHISEIDO MEN)もしばらく愛用しました。統一されたデザインが素敵です。クレンジングフォーム、スクラブ、ローション、エマルジョン、そしてセラムまで使っておりました。なんと言っても、花椿会の会員証がうれしゅうございました。

そしてここ数年は、ついにSK-Ⅱ。MEN'Sラインが登場したことで、桃井かおりさん、はたまた綾瀬はるかさんのモノマネをついつい練習しながら使ってしまいます。問題というか、少々ややこしいのは、飛行機に乗るか、飛行場に行かないと買えないこと。このためにもマイル修行は欠かせません。
ここに至って、化粧水がやっと上手に着けられるようになりました。だいたい、化粧水はたっぷりと言われても、掌からこぼれるこぼれる。最近はコットンを使うことに目覚め、やっと顔に化粧水が乗っている感じが出せるようになりました。
洗顔石鹸をネットに取り、たっぷり泡立てて、顔を洗います。これも上手くなりましたよ。シャワーでの一連の作業の最後にこれが来るので、その後、シャワーから出て、身体を拭き、髭を剃ってから、化粧水の散布になります。そして、頭にトリートメント。ちなみに、週1度、または直射日光を浴びてのランニングの後は、エマルジョンと目の周りのアンチエイジングのセラムを摺り込みます。

そうそう、頭を洗う段取りも単純ではありません。高校生くらいから、シャンプーに凝っておりました。18歳の時から、朝と晩、2回のシャワーを浴びています。で、2回とも頭を洗う(そんなに頭を洗って、そもそも頭髪はどうなっているのだというご質問があろうかと思います。おかげさまで、年齢も年齢なのですが、毛量も多く、真っ黒で、ふさふさしております。昔、金髪に銀髪、ロン毛にパーマと結構、負担を掛けてきたのですが、大丈夫です。ちなみに父は30代からバーコードでしたが。不思議です。)ので、バカにならない量のシャンプーを使ってきました。そして、ここ数年はケラスターゼの男性用(Kerastase Homme)を愛用しています。キャピタルフォルス1シャンプーという頭皮の臭いの改善を謳ったシャンプーがありした。発売初期の広告には、お父さんの枕のにおいが変わるみたいなコピーがついていましたね。洗い流さないトリートメントもあります。HOソワンキャピタルフォルスという長い名前でシャンプーと同じ香り。胡椒っぽい、さっぱりとした香りです。ところが、この男性用、ラインがあっという間に縮小され、シャンプーもトリートメントも国内の正規販売がいつの間にやら、終わってしまっていました。国内で手に入らなくなってからは、e-bayを利用して、世界中から個人輸入していましたが、昨今ではもうほとんど見当たらなくなりました。秘蔵の3本、使い切ったら、新しいものに挑戦しなければなりません。シャンプーは既に、新しいラインであるデンシフィックオム(DENSIFIQUE HOMME)に切り替えました。

石鹸も、凝り出すとキリがありません。いろいろ試しましたが、最近は「毛穴撫子 重曹つるつる石鹸」を愛用しています。高城剛さんの本で紹介されていたのですが、彼はこの石鹸で洗うと、全身の毛穴から臭いが出ると言いますが、どんな身体なのでしょうか。彼とほぼ同い年ですが、そうでもないのですが。この石鹸の凄いところは、どんなに小さくなっても泡立つことです。

 

さてこうなると、いざ旅行という時、持って歩く必需品が増えてきます。国際線の検査を想定して、透明なポーチに入れるのですが、意外に嵩張る嵩張る。女の子の家で、なんでお風呂場にタマネギが入っている網があるのか訝しげに思っていた時代が懐かしい、洗顔用フォーム泡立て用ネットの旅行用から始まり、シャンプー、トリートメント、化粧水(滞在先が南の島でない限り、セラムは持ち歩かないようにしています。)、コットン、シェイバー、それに無駄毛シェイバー。年のせいか、耳たぶの内側や黒子に、馬鹿毛というのでしょうか、とんでもなく長くなる毛が生えるのです。鼻の中もそう。見つけた瞬間に瞬殺するのですが、時として、それを逃れる毛があるので、定期的なお手入れ用に手放せません。そうそう、髪の毛をツーブロックにしているのですが、頭頂部の少し長い毛の流れを揃えるために、ワックス類を使っています。いまは、シエラオーガニカのオーガニックハーブワックス。ハンドクリームとして使うことが出来るワックスです。ソフトとハード、使い分けています。そうだ、最後にオードトワレ。ここ5年は、ヒューゴボスのジャストディファレント(Hugo Boss Hugo Just Different)です。それ以前は長い間、ジョルジオ・アルマーニのプールオム(eau pour homme)でした。シャネルのエゴイスト(Chanel EGOISTE pour Homme)を使っていた時期もありました。ご存じのように、香りにも流行があります。あ、昔の匂いと思われると厳しいのです。このヒューゴボスの香りも長くなりました。そろそろ、次の香りを探さないと。しかし今は、詰め替えたアトマイザーは必携です。

シエラオーガニカ S&S オーガニックハーブワックス ソフト50ml

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と、ここまで書いた過程は、家でも一緒です。外出前の支度に時間がかかるかかる。起きてから小1時間ないと、出られません。もっとも、さらに服選びと靴選びにも時間を要しますが。はてさて、これはなんのためなのでしょうか。
宮澤賢治の「注文の多い料理店」を思い出しました。衣服を脱がせ、金属性のものを外させ、酢のような匂いする香水を頭から掛けられ、最後は塩を身体に揉み込むように“注文”される2人の紳士。実は料理の素材として、食べる(食べられる)ための下準備だったことに気付き、というお話です。さて、西洋料理店山猫軒に迷い込んだ僕の運命はこれいかに。

 

注文の多い料理店 (新潮文庫)

注文の多い料理店 (新潮文庫)

 

 

阿房飛行機、万歳!

仙台に行くために東北新幹線に乗りました。はやぶさ。進行方向左側、西日暮里から田端にかけては、武蔵野台地の東端ですかね。山手線と京浜東北線が走っている向こうの崖の感じが素敵です。NHKのブラタモリじゃないんだから。
乗り物に乗ったら仕事をしようと思うのですが、大概、外を見てしまって、ダメです。子どもの頃は都電が日常の乗り物でした。都電の車掌さんごっこが好きだったと母親に言われました。と、書くといったい、いつの時代に生まれたんだと思われそうですが。
新幹線では、Googleマップをついつい立ち上げて、場所の確認をしてしまいます。自分の現在地を表す点がすごい勢いで移動していくのも楽しい楽しい。乗り物大好きなのです。

乗り鉄」という言葉もやや人口に膾炙してきた感がありますが、列車に乗ることだけを目的とする旅があることを世の中に宣言したのは、大正から昭和にかけて作品を発表した作家であり随筆家であった内田百閒先生でしょう。「阿房列車」という作品の「なんの用事もないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思ふ。」という一文が有名です。(ちなみに、御著書は読んだことはありません。また、百閒先生関連で「まあだだよ」という百閒先生と教え子たちの交流を描いている黒澤明監督の最後の映画は見ましたが、僕にはよくわからない映画でした。)

第一阿房列車 (新潮文庫)

第一阿房列車 (新潮文庫)

 

 

さらに、ラテンミュージシャンで餃子店オーナーシェフ公認サンタクロースパラダイス山元さんのように飛行機に乗ることを目的とする旅を行い、年間1000回を超える搭乗回数をこなしている方もいます。かく言う僕も、飛行機に乗るためだけに旅行することがあります。“阿房飛行機”ですね。

 

ご存じの方も多いと思いますが、飛行機会社はマイレージを貯めることによって、いわゆる特典サービスを提供しています。お客さんの囲い込みのために便宜を図る訳ですが、それを得るためには、飛行機に乗らなければなりません。お金もかかります。マイレージによる無料航空券を目的としている方もいますが、僕は面倒くさいのでマイレージによる航空券、いわゆる特典航空券を使ったことはほぼ皆無です。自分の都合と予約がとれる日程を調整するのが面倒なのです。では何のために貯めるのか。実は貯めることすらも、目的ではないかもしれません。マイレージと同時に累積される会員ステータスのためのポイント、プレミアムポイント(ANA会員)の獲得と会員ステータス維持のためだけに飛行機に乗っているのです。厳しい修行です。いずれにしても、飛行機に乗ることが趣味として確立しているのか、議論を要するところでしょう。


この趣味は、旅の予定を考える際に、病膏肓に入るといった症状を見せることがあります。例えば今回のように東京から仙台に行く場合、仕事が終わって帰路が自由で、その日に予定がないとしましょう。仙台空港に出て、仙台から大阪・伊丹空港または福岡に飛び、伊丹または福岡から東京・羽田へ戻るというルートを考えてしまうのです。バカじゃなかろうか。そこまでして、プレミアムポイントを貯めたいのか、という旅程。まさに“阿房飛行機”。
別にCAさんにモテたいから、CAさんと接触する機会をたくさん持ちたいから乗るのではありません。もちろん嫌いじゃありませんよ。どちらかというと、ウエルカムです。少なくとも僕の経験上、搭乗回数が多いからという理由でCAさんにモテるという人はいないと思うのです。敵も然る者、“阿房飛行機”数奇者であることはバレますから。

さて、記録にあるだけでも地球を26周した程度しか飛行機に乗っていない、まだまだ初心者の僕ですが、たまに事件と言いますか、ちょっとした失敗を犯します。
イギリス・ロンドンから日本への帰途、フランクフルトでの乗り継ぎ便でのことでした。ロンドンの出発が遅れたため、乗り継ぎ時間がギリギリ。搭乗するのは、ルフトハンザ(Lufthansa)のA380。エアバス社製の世界初の総2階建ての大型ジェット機です。2階のビジネスクラスの一番後ろのシートでしたので、最後尾の扉から走り込み、螺旋階段を駆け上がりました。息も絶え絶え。離陸して一安心。しばらくして、ミールサービスが始まりました。その時、早朝にロンドンを経っていたので、強烈な眠気が襲ってきました。なんとかメインを食べ終わり、さてチーズとデザート両方もらうおうかと思案しながら待っていたら、寝落ちしてしまいました。はっと気づいたら、機内は就寝モード。この機体の2階はファーストクラスとビジネスクラスのみ。100席近くもビジネスクラス席があると、なかなかサービスは進まないものです。A380はANAがハワイ路線に導入するようです。ルフトハンザ機では、垂直尾翼に着いたカメラの映像を機内で見られました。ANAの380でも見られるといいですね。雲を掻き分ける感じが素敵です。

ちなみに、機内食と言えば、エールフランスビジネスクラスに乗った時、牛肉の赤ワイン煮込み(Boeuf bourguignon)が出ました。やはり旨い。エールフランスワンワールド傘下なので、滅多に乗らないのですが、これはまた食べてみたいと思いました。東京でもフランス大使館のちょっとしたパーティーの際に、この料理をいただいたことがあります。やはり大量にワインが投入されている感があり、とても旨かったことを覚えています。お国料理ですもんね。
極め付けではないのですが、虎屋の羊羹で一悶着あったことがあります。ロンドンからイタリア・トリノへの移動の時、ちょうど前日、ヨーロッパ内の空港でテロがあり、警戒が厳しくなったところでした。ガトウィック空港までの列車も便数が制限され、駅に列車が到着するなり、LCC利用者が爆走して行きます。出国検査の際、厳しい顔の係官が僕の鞄から取り出したのは、虎屋の羊羹「夜の梅」。一時期、外国へのお土産に愛用しておりました。切り口の小豆が夜に咲く梅の花を思わせるなんて、口上を言いながら渡したものです。この時までは。しかし、形状が微妙でした、微妙なタイミングなので。可塑性のある爆薬に似ていると言えば似ています。アメリカ式に言えば、Composition 4というのでしょうか。係官が集まってきて、皆で羊羹をグニグニと揉みしだきます。これは日本の伝統的なお菓子で、豆を甘く煮て固めたものだと説明しました。それならばジャムだと判定され、放棄しないなら、預け荷物に入れろと言われて、検査所を追い出されました。

老舗の流儀 虎屋とエルメス

老舗の流儀 虎屋とエルメス

 

 


その時、厳しい顔つきで、僕の鞄をひっくり返していた係官の一人が、いつも一緒に旅をしている豚の小さいぬいぐるみを見て、不思議そうな顔をしていました。その子豚をつまみ上げながら、僕の顔を見て、ちょっと吹き出しそうでした。
阿房飛行機、まだまだ続きます。

メガネは顔の一部です~魔法の時代に大魔王の存在は気付かれないように

「メガネは顔の一部です」というCMがありました。まさにその通り。たった一つ、メガネを選ぶとしたら、自分らしいメガネを必死に選びます。一方、メガネをいくつか持って、いろいろ掛け変えている人はどれくらいいるのでしょうか。
僕は、メガネ、コンタクトレンズ、老眼鏡、サングラスの4種類装備で暮らしています。日常はメガネです。天気によって、クルマを運転する時はサングラスです。机で仕事するときは老眼鏡、そしてマリンスポーツの時だけコンタクトレンズです。
ちょっと前まで、メガネのフレームに色つきのものをかけている人はほとんどいませんでした。僕はオレンジ色が大好きでテーマカラーなので、10年ほど前にフレームの内側にオレンジ色が入っているメガネをかけていましたが、当時、そんなものをかけているのはおかしい人と言われていました。しかし、今や普通のおじさんが白いフレームのメガネをかけていたり、結構、デザイン性の高いフレームを使っています。ほとんどが似合っていませんが。

ウェアラブル端末の迷走は、まったく、メガネのTPO(古い言葉!)を考えないグーグルグラス(Google Glass)から始まりました。最近でも、スナップチャット(Snapchat)が写真と動画をとれるメガネ(Spectacles)を発表しましたが、冗談かと思いました。あんなもの掛けて外出したら、グループサウンズ時代の鈴木ヒロミツさんか、ガチャピンの相棒ムックに間違われますよ。いや、「林檎殺人事件」?(まさかAppleを葬るというメッセージのために郷ひろみさんと悠木千帆さん〔今の樹木希林さんです〕が歌う際に掛けていたサングラスになぞらえるとは。そんな訳ないね。)発表されている写真や紹介動画の意味もわからない。だって、カッコわるいもん。何着てる時につけるの?日常的にメガネを掛けている目が悪い人はどうするの?何も考えて提案されていません。機能だけが全面に出されています。どんな髪型に合うと思っているのでしょうか。

新しいものが登場した時、それが今まで慣れ親しんだものに置き換えられるのが、一番スマートな流れです。新しく登場する便利なものは、日常の生活の中で、どのようにその立ち位置を確保するのでしょうか。いつ身につけるものなのでしょうか。今ある習慣のどれかを変えさせるのでしょうか。新しいものと言えば、セグウェイが空港などの警備で使われているのも、目線の高さやその存在感というものから導き出された利用法でしょう。騎馬警官の置き換えですかね。

アメリカ大統領の警護を担当するシークレットサービスの面々が使っているサングラスには、ヒンジのところに小さい鏡が着いているそうです。前を見ながら、予想外の“後方の動き”を察知するためです。これは見ていないようで見ているというサインを発するための、ちょっとした仕組み。見ている、撮っているというサインを明確に示すことでさまざまな効果が出てきます。

視線が正しく向けられるべきものという意味で、やはりメガネ系のウエアラブル端末は、医療分野や警備分野にまず導入されるべきものでしょう。馬と馬車をクルマに変えるにはインパクトが必要です。とにかく便利なんだ、ここにこれがあるのが正解だと思わせるインパクトが。

AppleApple Watchの発表時、Vogueにタイアップページを持ったのは正解だと思います。でもファッションとしての正解は示されてはいませんでした。

ファッションというと、俺はそんなことは気にしない、と豪語される方がいるでしょう。でも、ファッションに気を使うというのは、他人から見える姿をコントロールすることです。他人から見える自分について、まったく気にしないというのは、デザインなんて要らないと言っているようなものです。デザインはその機能に本質的に結びついているのものですから。

Googleにその感覚はないと見える時があるのが不思議です。音声アシスタント端末Google Homeなんて、日本の家にある芳香剤と間違われます。まじめにデザインしているのでしょうか。そもそも単体の家電製品というのが間違っています。機能では一番と言われているAmazon Echoだって、どこに置くか考えているのでしょうか。家の中の置き場所も考えた形にしないと。だってコンセントが必要なのですよ。しっぽが着いているものは、意外に置き場所を考えます。だから、ウェラブル型のメガネ型である必要が全くないのと同様に、単独の端末は間違っています。家庭内にある何かにビルトインされているのが正解です。それは、どの部屋にもあって、ネットワークへの接続のための電源が常時供給されているもの。照明以外にはないでしょう。デザインの素敵な照明器具メーカーとまずはタイアップすべきです。あとはコンセントかな。(妙な例えですが、盗撮グッズの置き場所と同じような考え方になります!)存在感を主張しないほうがいいのです。
魔法の呪文を唱える時は、空間に向かって唱えるでしょう。オズの大魔王はカーテンの陰で操作しているのが気づかれてしまい、その正体が露呈します。大魔王の姿は見えてはいけないのです。(オズの魔法使 [Blu-ray]

「魔法」という言葉は、メディアアーティストで、筑波大学助教の落合陽一さんの著書「魔法の世紀」からいただきました。20世紀が「映像の世紀」なら、21世紀は「魔法の世紀」である。書中に「存在を意識しないほど高度な技術は魔法に等しい」というお言葉があります。逆に言えば、存在を意識させる(=インターフェイスが自然ではない)インターネット技術の普及は難しいでしょう。

ちなみに、VR関連機器も魔法の度合いがまだまだ不足していると思います。ゴーグルをかぶるなんて、せっかく作った髪型が壊れてしまいます。だいいち暑い。
ウェラブル端末は、そのウェアラブルという言葉の意味を考える必要があるでしょう。魔法を揮うのに、ウェアラブル端末は重大な役割を果たします。魔法使いは小さな木の杖を持ってますからね。あの程度の大きさで、一振りみたいな簡単さがいいですね。

ダンス振付家の友人と話していた時にはたと手を打ったことがありました。無理な振付は結局、どんなにカッコよくても、覚えられないんだそうです。音楽に合わせた自然な身体の動きが要求されるということです。ウェアラブル端末ならではのインターフェイスも同じでしょう。

そうそう、魔法と言えば、魔法つかいサリーちゃんを思い出します。最終回、悲しかったなぁ。学校が火事になり、取り残された同級生を助けるために、衆目の中、魔法をつかったサリーちゃんは、人間の世界から去るしかないのです。